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大分グルメ旅②

2日目は、朝9時過ぎにホテルを出発し、湯布院へ。

湯布院、それは山口県人であれば、すでに複数回訪ねたことがある場所。適度な距離と温泉保養地から、かつての職場旅行のメッカであり、下関でふぐ→、博多で買物→、→別府の温泉と、多くのルートが湯布院を経由したもの。今や、あえて湯布院を避けるなんて動きも、ちらほら。

そんな場所に敢えて行くのは、大分界隈の手頃な観光地が、やはり湯布院しかなかったため。

天気が良ければ、日本最長のつり橋・九重大橋を歩くなんて選択肢もあるけど、雨となればゆっくり過ごせるところを選びたくなる。湯布院とは、避暑地を思わせる、どこか優雅な雰囲気を楽しむ町。そういう意味で、一度見たからではなく、まあ湯布院ならと何回とリピートしてしまうのだろう。


駐車場に車を止めた後、誰が先導するわけでもなく、地図も見ず金鱗湖に普通にたどり着いてしまうのが、湯布院という地。由布岳を前にした湖から、かすかに立ち上がる霧に、湯布院に来たことを実感する。
紅葉の季節なら、もっと朝早ければ、せめて雨が降らなければと思いつつも、観光地の定番を見てどこか一安心。

16時までには山口市に戻るという行程から、湯布院でゆっくりする時間はほとんどなく。街道に並ぶお店に立ち寄りながらぶらりと散策したり、カフェでゆっくり本を読んだり、そんなゆるりとしたいい雰囲気を持つ街だけど、今回はあっという間に通り過ぎることに。

そんな中、唯一果たしたのは、おいしいランチを食べるということ。多くの観光客と別荘地からなる湯布院は、蕎麦やイタリアンをはじめ食事所が充実し、その中でも洋食のレベルはなかなか高い。そして今回訪ねたのは、金鱗湖そばにたたずむ洋食の店「洋灯舎(ランプシャ)」。ペンション内に位置するフランス料理店ながら、ランチは手頃に洋食を食べさせてくれる。

料理もさることながらこの店の特徴は、金鱗湖を目の前に食事ができること。天気が良ければということを差し引いても、湖を前にした景色はなかなか壮観。老舗のペンションが醸し出す重厚感のある雰囲気と合わせて、なんとも居心地のいい空間に包まれる。

ランチは、らんぷ舎セット(1575円)として、7種から選択。地鶏のオリーブソテー、本日の鮮魚料理、炭火焼仕立てのポークグリル等々揃う中、今回選んだのは、ここの売りでもある「豊後牛のハンバーグステーキ 特製デミグラスソース」。

体が温まるかぼちゃのスープにほっとしつつ、メインのハンバーグへ。これまでの経験から、牛100%のハンバーグに多くを期待しないところだけど、豊後牛100%というハンバーグを一口食べ、老舗洋食屋というブランドに安住しない、積み上げてきた本物の料理へのこだわりが、おいしさとして口の中に広がり、さすがの一言。

デミグラスソースの深みのある味わい、もちっとした柔らかな食感、外側のカリッとした焼き加減、そして広がる牛肉の旨み、これはおいしいと、ただただ箸が止まらない。ハンバーグで、これほど違いが出せるとは感心。これは、コース料理を食べても、しっかりとした老舗の味わいを楽しめるのではと期待するところ。

洋灯舎1 洋灯舎3 洋灯舎4
左:湖に浮かぶ、ペンション金鱗湖豊の国。ここの地階が洋灯舎で、湖を前にしてフランス料理をいただける。
中・右:かぼちゃのスープに始まり、メインのハンバーグステーキ。ふっくら肉厚のハンバーグには、あふれんばかりの旨みが詰まる。



昼食を終えたところで、この旅も終わりに近づく。海を隔てて見える位置にありながら、車で移動すれば3時間超という道のり。サービスエリアで休憩しながら、16時に山口市に到着する。



・・・
これからは、一緒に旅行に行くのは難しいと毎年のように言いつつ、今年もこうして旅を終える。自分の自由がきかない不便さがありながら、自分ではしないだろう旅になるのも、この旅行の楽しみではある。再来年には、夏のキャンプは死守するからと、きっとそんな理由で、隔年からもう少し遠ざかることになるかもしれないなと思いつつ。

別府の温泉に浸かったのは、いつ以来だろう。県内各地に温泉が出る状況に甘んじ、あえて温泉を旅の目的に選んでこなかったことを振り返る。そして実感した、名湯と呼ばれる本物の温泉のお湯の違い。少し遠出して、お湯を楽しむ旅もまたありだなと。

グルメに関しては、大いに満足。こつこつ庵、この選択が大正解。念願の関サバ、関アジを十分堪能。同海域で獲れるサバ・アジを求めて、愛媛旅行の際には佐田岬産の岬サバ・アジを食べに行くも、選んだ店もあり期待したレベルになく、サバに至っては時期を外すという大失態。ようやく出会えたのが、今回の旅でもあった。焼酎のおいしさに気付かせてくれたことも含め、旅先では、こういう店を求めたい。

湯布院ランチもおいしかった。大分県という、新たな観光地が限られる場所だけに、観光という面で物足りなかったのは、仕方がないことかな。

国内も、車で行ける範囲の魅力的な地となれば、ほぼ行きつくした感あり。北陸(福井、富山)、中部・関東の山中(飛騨高山、山梨、長野)、東北(岩手、山形)等々、未開の地は多いけど、次に旅行を考えるなら、資金をためて海外まで見据えたいなと思うところ。まあ、毎度同じようなことを決意しつつ、それができずに、ちょくちょくと近場の旅に出てしまう繰り返しだったり。いや、やっぱり、しっかり休みが取れたなら、武田信玄、真田昌幸を追って、甲斐、信州を3日くらい動き回ろう。

まあ、その当日を迎えるまで、想像を膨らませるのが、旅の一番の楽しみ。また、どこかを訪ねた際には、ここで報告するとして。
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大分グルメ旅①

先週末は、長門時代の職場の友人と大分にお出かけ。以前は、毎年恒例の行事だったものが、そうもいかない昨今の事情により、隔年開催に変更されたもの。付き合いも広くなってくると、限られた予算の配分を考えないといけない&夏場の海と同じメンバーながら、自分以外の独身生活を満喫している方々とは、状況が異なるということで。

当初は大分→宮崎の行程を、コスト削減の提案をして大分のみに変更。かなり、勝手が通るのがこのメンバーでもある。


朝8時に山口市を出発し、道の駅に立ち寄りつつ大分へ。まず立ち寄った道の駅は、大分県境に程近い福岡市豊前町にある「豊前おこしかけ」。ここは、屋外にドームが設置されていて、多くの露店が出ていることに特徴がある。そして、ここで見かけたのが、大分県産のどんこ(椎茸)。

大分県が椎茸の産地であることはよく知られ、広島時代は、実家が大分県の方から手頃な椎茸を買っていたもの。干し椎茸は、誰にあげても喜ばれるものだからと、ここで2パックほど購入。なにやら、大分産とは、他県で栽培後、大分県の卸市場に持ち込まれたもの、大分県産とは、大分県で栽培されたものと規格が違うらしい。確かに、道の駅店舗内で販売される大分産のどんこは、生産地「国内」という曖昧な表記。露天商のおじさんの言うこともあながち嘘ではなさそうだと、天日・陰干しと4回乾燥を繰り返したらしい一品を購入する。

続いて立ち寄ったのは、道の駅「豊前おこしかけ」から10分も離れていないところにある、道の駅「しんよしとみ」。それこそ、直線2km先が大分県中津市という県境の道の駅。目的地到着前に、はや一つ目のお土産を買ってしまい、ここでは自制を効かせて買物はなし。代わりに、売店で買った唐揚げをつまむことに。

最近では、山口市内でも、中津唐揚げという言葉が浸透しつつあるが、大分県中津市の唐揚げは、列記とした地域ブランド。中津市が養鶏場を多く持ち、市内に唐揚げ専門店が点在していたことから、ご当地グルメとしてブランド化したもので、衣にしっかりと味が付き、カラッと揚がった唐揚げには、ついつい食べたくなるくせになる味わいがある。

一本100円で、大きな砂肝や骨なし鶏の串唐揚げを食べられれば、十分満足。88箇所巡りという市内唐揚げ店の専門ガイドブックが出ていたり、既に認知度は高し。中津市を訪ねたなら、ぜひ一度唐揚げを食べてみてはと思うところ。


ぶらぶらと寄り道しながら別府市内に着いたのは、12時30分。通常行程で3時間30分と、適度な距離にあるのが、大分県という地である。

まずは、お昼と別府市内にある蕎麦屋へ。大分と言えば蕎麦という意見を尊重したものだが、蕎麦というのはどこにでもあるものだから、もう一つピンと来ず。別府駅近くにある「にはち」なる店で、その名の通り二八そばが一つの売り。今は、新蕎麦を使う十割そば(1,100円)を出すというので、大盛り(+300円)を注文する。

桜えびのかき揚げ丼が付くそばセットがあったから、それはそれで、魅力的。新蕎麦の高い香りを期待したが、それを感じるに至らず。蕎麦そのもののおいしさをと、塩で食べさせたり、その試みはおもしろい。つなぎを使わない十割蕎麦は、蕎麦そのもののおいしさを味わえなかなかよかったが、二八との違いを見出すまでに至らず。蕎麦とは、新蕎麦の時期に合わせて、それを食すことの粋を求めるものであり、味わい的にはうどん派と、数年前に整理。そんな感じで、蕎麦にそこまで思い入れがないことから、まあ、こんなものだろうと多くは語らない。

少々、蕎麦の値段のインフレ具合が気にならないことはないが、蕎麦を食すなら、これ系統の本格手打ちに限ると思うとこ。それを、大分で食べるかどうかは別にして、といったところか。

二八蕎麦1   二八蕎麦2




別府市で昼食後、もちろん目指すは、別府の湯。別府・鉄輪(かんなわ)・観海寺(かんかいじ)・明礬(みょうばん)・亀川(かめがわ)・柴石(しばせき)・堀田(ほりた)・浜脇(はまわき)と八箇所の温泉郷が、いわゆる別府八湯。そして今回目指したのは、明礬温泉に位置づけられる別府温泉保養ランド。

保養ランドという軽い名称から侮ることなかれ。紺屋鉱泥と呼ばれるどろ湯は、適度な噴気、腐食粘土層、ミネラル水という三大条件により地中から産出された、地獄に直結した温泉。熱保有度の高さ、浸透が早い濃厚な成分から長湯は禁物で、小学生まで地下鉱泥湯の入浴を禁止しているほど。

その効能は、アトピー等一般的な皮膚病、自律神経失調症、リュウマチ・、神経痛、糖尿病、慢性婦人疾患、貧血、不妊症、慢性胃腸病等々。露天が混浴という女性にとっての利用しにくさはあろうが、屋内どろ湯だけでも十分そのその湯を堪能できる。

もともとは、砂風呂ならぬ、泥風呂があるという興味本位から訪ねたものの、その本物感にただただ感心。まず、においが違う。駐車場からにおい立つ硫黄臭に、まさに荒々しい地球の息吹を感じさせる。スマートなお湯ばかりの山口県の温泉に慣れていたことに気付かされるとともに、湯田をはじめとした県内温泉の物足りなさを考えさせられる。

とけるような泥をお湯とともに腕にかけつつ、泥湯を堪能。蒸湯と称すサウナも合わせて利用し、お湯からあがって気付いたことは、体にずしりと疲労が残る、お湯の重さ。ぬる目のお湯が、ついつい長湯をさせるものだけど、温泉成分の体への浸透具合を、しっかりと感じられる。これだけ実感できるならば、お湯を求めて、またこの地を訪ねたいと思ったところで。

別府温泉1   別府温泉2
左:別府温泉保養ランド。あちこちから湯気が立ち上る景色は、温泉地ならではの風情があっていい。周りに立ち込める硫黄臭に、温泉町に来たことを実感させられる。
右:地下鉱泥浴場。撮影厳禁という厳しい姿勢は混浴温泉がある故か。しかたなかく、保養ランドHPから一枚拝借。



15時過ぎには温泉を後にするも、地獄めぐりには費用がかかるし、高崎山は少々遠いしと、さっさと大分市内のホテルにチェックインすることに。

ホテルは、大分市繁華街にほど近い大分アリストンホテル。立地の良さもさることながら、一泊3,900円という値段がなにより嬉しい。部屋は、値段に見合わず、清潔感、雰囲気ともに上々で、ツイン変更もあり広さも言うことなし。これは、いいホテルを見つけてくれたと感謝する。

ホテル到着後は、500m程離れた大分駅までぶらぶらと散歩。そして、駅まで連なる商店街の規模に、大きなショックを受ける。

大分県、それは九州の中でも存在感の薄い、温泉が売りの小さな田舎町。そんなイメージも、駅から連なる商店街は、同じく県庁所在地の山口市とは比べ物にならないレベル。人口48万人の大分市と、所詮は人口20万人弱の山口市を比べること自体が失礼なことではあるが、オフィス街に林立するビル群ともども、あまりの差にただただショックを受ける。

大分市でこのレベルとなれば、山口市が敵う県庁所在地はないことだろう。一時は、活気のある商店街として取り上げられもしたが、所詮は規模が違うとあらためて思う。先日、大卒の働き場の確保に、サービス業の成長を提案したところだけど、まさにこういう町づくりが最初の一歩と言えるだろう。つまるところ、新山口(小郡)の新拠点化に行きつくのだけど、オフィス街とショッピング街が、中核となる駅・バスセンターを中心に形成される可能性があるのは、そこしかないと思うのだが。



大分市の街並みを研究後、しばし休憩した後、いよいよこの旅のメインでもある大分グルメを堪能に。

今回利用したのは、大分県庁に隣接する居酒屋「こつこつ庵」。九州の焼酎が300種類揃うことに加え、大分の郷土料理を味わえるのが、ここの特徴。

大分グルメと言えば、そう、関サバ、関アジ。プランクトンが豊富で、潮流の急な豊予海峡で漁獲され、大分市佐賀関で水揚げされたサバ・アジこそが、関のブランド。サバは刺身、酢締め、握りで、アジは刺身をいただく。刺身は、身の厚みと弾力感ある締まりの良さは、さすが。なんだかんだで、締めサバが一番おいしいかもと思いつつも。

郷土料理も、いろいろと。かんぱちの刺身を醤油・生姜・ゴマの漬け汁に浸したりゅうきゅう(琉球)や、定番のとり天、お隣県の馬刺し等々。意外においしかったのは、椎茸豆腐。豆腐にたっぷり味噌を乗せて焼いた一品で、焼酎との相性がなかなかよし。そろそろ締めでといただいたのは、だんご汁。小麦粉作りの平麺(だんご)と、たっぷり野菜の味噌汁で、もっちりとしただんごの食感を楽しむ。

お酒も、せっかくだからとビールの後は、麦焼酎を水割りで。どうも焼酎の薬品のような刺激が苦手で…、なんてお酒に弱い方にも、飲みやすい焼酎があったりするから、いろいろと試してみるもの。今回気に入ったのは、「鉄輪」と「あか猫」という大分県産の焼酎。飲みやすいという評は、お酒好き、特に焼酎党には決して評価されないので、選ぶときには気を付けていただきたい。それでも、焼酎は、ビールにはない一つ先の酔いへと誘ってくれる。いつもは焼酎を飲まないながら、そんなひと時を楽しみたい方に、おすすめしたいところで。
※リンクは、両酒のネット販売店。大分市内では容易に手に入るらしいが、通販はここ以外ないのではと思うとこ。

こつこつ庵1 こつこつ庵2 こつこつ庵3
左:こつこつ庵入口。結局、観光客が求めるのは、その地域の一番おいしい店ではなく、おいしい郷土料理を食べさせてくれる店。料理がおいしく、種類が豊富と、自信を持ってお勧めしたい。
中・右:関サバ、関アジとも、一人前1575円。右の締めサバは、600円程度とお手頃も、メニューには記載なし。数に限りがあるようだし、予約時に頼んでおきたい。



こつこつ庵5 こつこつ庵7 こつこつ庵6
左:とり天(630円)。箸休めの鶏肉がまたおいしい。なかなか他県で見かけないのが、残念なとこ。
中:琉球(630円)。漬汁に浸したかんぱちの刺身ながら、普通の刺身と大して変わらず。白身の鯛だと、また違ったのかな。
右:だんご汁(630円)。根菜を中心とした野菜の旨みがしみ出るあったか味噌汁は、体に優しく締めに最適。半分ほど食べたところで、大分県産のかぼすを絞ると、さっぱりとしてまたおいしい。



こつこつ庵9
焼酎に囲まれた座敷でのんびりと。店員さんに、それぞれの焼酎の味わいを尋ねながら、選んでいく。食べて、飲んでと一人5千円なり。料理、サービス、値段と、どれもに満足。大分に来たなら、またこの店を訪ねたい。



温泉に浸かった体に、焼酎の酔いはなかなか厳しく、すっかり疲れ果ててホテルに帰還。しっかりと休養を取り、翌日に向け体を整えることに。

岡山旅行記①

かなり本気で、週末2泊3日・黒部・立山旅行を検討したけど、どうも天候が崩れそうだから、断念。

今回の旅行は、どうしても行きたいという思いより、夏もどこにも出かけてないし、せっかく季節のいい時期の連休だからという面が強いため、検討したのも直前のこと。

いろいろ検討した中で出た結論は、人が作った文化より、今回は、自然の素晴らしさを感じる旅行にしようというもの。アルペンルートの電車に揺られ、標高2千m級の山岳地帯を散策。そして、その目の前に広がる山々のパノラマ景色を、心と写真に収めて帰るという壮大な計画。

そもそもの始まりは、この文明社会にあって、日本アルプスという人が入り込めない急峻な地が日本に存在しているということを知り、3千年という歴史をもってしても、人を寄せ付けない地とは、どれほどのところなんだという興味から。

まあ、冒険家もいるし、ヘリコプターもあるしで、未踏の地ということはないけど、自分の知る山という認識を覆す、生き物を寄せ付けない領域がこの日本にあるかと思うと、自分の目で見たいと思いがふつふつと沸いてくる。

といっても、ザイルを片手に岩山を登るつもりはないから、まずはその一端として、北アルプスに属し、景色を見る上での環境が整備された立山連峰、黒部峡谷を候補に選んだもの。

そんなことから入っているから、その場所のイメージは、どちらかというと中部地方の山地、岐阜県の山奥。立山・黒部が富山県に属することは、検討し始めてから知るといった具体で。

どうせなら、1泊は山の上にある宿に泊まり、ゆっくりと山を楽しみたいという思いがあったけど、直前の上、この連休では宿確保が困難。かつ、肝心の旅行日の天気が、雨と曇りでは、無理して大金かける気にならない。

心に直接響いていくる自然のすばらしさは、人が造るどんなものにもかなわない。だからこそ、その景色は、晴れ渡る最高の状態で眺めたい。ましてや、新幹線と急行列車を駆使し、時間とコストをかけて行くなら、少々のところで妥協したくない。次がそうある旅先じゃないだけに、目の前に突きつけられたその後展開される結果を、仕方がないで強行突破するするわけにはいかない。


ということで、土曜日夜に方針転換。天気がいいのは、19、20日の土日。この二日で、近場の候補、岡山県に出かけようと、大急ぎで情報収集を開始する。

目指すは、岡山県と香川県が連携し、瀬戸内海に浮かぶ島々で現代アートの祭典を実施している、瀬戸内国際芸術祭への参加。この盛り上がりは、ちょっとしたブーム的な感があり、瀬戸内海観光のヒントが隠されているとの期待から、ぜひ自分の目で見てみようと思っていたもの。

日本のエーゲ海と評される瀬戸内海の多島美は、山口県・広島県・岡山県に共通する資産で、これをどう活かすかが、観光のキーワード。これが、期待を大きく上回る、すばらしい出会いをもたらしてくれたから、そんな感想は、今後の文中で書くとして。

岡山県中心地は、未踏に近く、近くて遠い県だったから、この際倉敷市と岡山県の要所を押さえておこうというのも、今回の旅行のテーマ。岡山県の潜在能力、中国州の中心足りえるかという視点からの評は、期待に添えそうにないが、倉敷市の美観地区等観光視点ではなかなかおもしろい場所が多かったから、その辺も紹介できたら。

とくにかく、前日に残り少ない宿を楽天ネットで押さえ、当日食事所に電話を入れ予約を取り、というドタバタな旅行。その割りに、なかなか充実したいい旅だったから、またここで報告していくこととしよう。

それでは、こうご期待を。

東京出張報告①

東京出張を、とても有意義な時間と共に終える。4月以来、残業、週末出勤と仕事ばかりを考える日々が続く中、久しぶりにゆっくりとした時間が取れたこと、そこで気の置けない友人と楽しい時間を過ごせたこと、東京という街をあらためて見極めることができたことが、その要因。

多くの人との交流や各業界の専門家の話を聞けた出張自体、視野を広げるいい機会になったけど、やはり楽しんだのは18時以降。10日は、高校・大学からの友人のお宅訪問。9日に、突然「今東京いるから、飯食おうぜ」とメールしてみたら、予定があるからと翌日に。最近中古マンションを購入したというから、それならついでに拝見と訪ねる。

場所は、東京駅から程近い、豊洲地区。35年ローンを考えたら、今がタイミングとの話に納得。都心部、ゆとりある居住空間を求めると、中古マンションは狙い目とかで、まだまだ発展途上の豊洲には割安な物件も揃っているよう。

築30年、少なくとも50世帯以上ないと、共益費負担が大きいとのアドバイスをもらいながらも、400世帯が居住するマンション群には驚き。70㎡弱の面積ながら、15階からの眺望はなかなかのもの。これが、建築時の間取りなら、使い勝手の悪い安価な中古マンションで妥協となるのだろうが、リノベーションにより、新築以上の味わいとオリジナルの間取りを実現しているから、さすがと感心。

リノベーションとは、リフォームの大規模版で、既存の建物に大規模な改修工事を行い、用途や機能を変更して新築時の機能・性能以上に向上させることをいい、この東京旅行を通じ初めて耳にした言葉。住宅関係の雑誌をよく読んでいながら、そんな最近の傾向を知らずに少々ショック。やはり、新築傾向の強い田舎では、リノベーションという発想自体がないんだなと、勝手に解釈したところ。

リビング・ダイニングをワンフロアにして、ヤマハ製人造大理石キッチンを導入、天井埋込照明や作り付け家具など、使い勝手をいろいろ工夫しているのが分かる。費用を抑えるため壁を自分で塗ったおかげで、オリジナルの風合いが出ていたり、持ち前のセンスを存分に発揮。

リノベーション費用は600万円近くかかったらしいが、中古マンションの面影を感じさせず、表示面積以上の落ち着きを感じさせる間取りと、風合いのある雰囲気を考えれば、当たりの選択。新築ばかりにとらわれてしまうところだけど、こんな選択肢もあるのだなと感心したもので。

さて、そんなマンションに、ビール片手に、お手製瓦そばをいただきながら、4時間ほど滞在。3、4年振りとなる再開を楽しんだわけで。


翌11日は、大学時代のサークル仲間と恵比寿のもつ鍋屋「蟻月」に。夏に、しかも福岡隣県の住人にもつ鍋を選ぶとは、なかなかの勝負師と少々構えて訪ねるも、さすが自信を持って推薦してきただけのことはあり、確かにうまい。もつ鍋というと、もつの脂でくどい印象があるが、そのスープと、もつの質の高さでさっぱりと食べさせ、想像以上のハイレベル。あえて選ぶこともないと、実はもつ鍋専門店を訪ねたことがなかったりするが、満席の状況が語る人気店は、もつの良さを引き出す工夫をしているものだと感心したもので。

数年振りに会っても、つい昨日も話したかのような、変わらない、一瞬で学生時代の毎日一緒に過ごした心の通った関係に戻れることは、あらためて考えてもすごいことで、そんな友人達との出会いやそこで過ごした思い出は、同じ気持ちを共有している喜びを共感したくて語らずにはいられず、それがまた思い出として自分の中に蓄積されていくわけである。

卒業して10年という懐かしさと共に、学生時代に戻りたいな~と思ってしまう楽しい時間を過ごし、ホテルへ。ちなみに、ホテルは水道橋の東急ステイ。2泊からの料金となるが、7500円で、シモンズベッド、液晶中型テレビ、電子レンジ、洗濯乾燥機、ズボンプレッサー、加湿器が常備され、朝食が付くプランは、長期出張にありがたい、かなりお得なプランだとおすすめしたいところで。

さて、最終日の東京観光は、また後日に。

日和庵ディナー&大分プチ旅行(2日目)

2日目 大分プチ旅行

「福沢諭吉旧居」

小倉駅前のビジネスホテルは、2人で1泊5800円という格安プランを選んだから、もちろん朝食はなし。朝起きてからも、しばし今日の行程を検討し、ついに決断。片道4時間超の竹田市岡城址まで行けないことはないが、そこまで無理をしても仕方がないと結論、大分県北部の中津を経由し、中部の日田を目指すプランで行動を開始する。

中津市中心地までは、小倉から車で1時間ほど。ひたすら南下し、北九州空港、自動車関連工場集積団地とここ数年開発された平野部を通り抜ける。

大分県中津市を簡単に紹介すると、位置は大分県の西北端、北西は福岡県に接し、北東は周防灘に面する。中心地となる中津市役所は、中津市の北東、周防灘側となる。中津市の名所としては、頼山陽にして「耶馬溪山天下無」と詠んだ、中津市中部にある奇岩秀峰の景観地・耶馬溪が知られている。

今回中津を選んだ理由は、明治の思想家・福沢諭吉の旧居を訪ねたかったから。福沢諭吉は中津藩の出身で、大阪にあった緒方洪庵の私塾「適塾」で蘭学を、後に英学を学び、幕府使節随行等により3度渡欧米を経験、明治の啓蒙思想家、教育者として名をはせたことは周知のとおり。幕末に多くの人物を輩出した適塾では、塾頭を務めている。

維新後、薩長藩閥と対立し政府には出仕していないが、政府と距離を置いた人物を支援するなど政治への影響力は大きかったよう。それでも、やはり知られているのは教育者としての一面。維新後の大ベストセラー「学問のすすめ」を著し、幕末開校し維新後多くの教育者を輩出した慶応義塾を創設している。

その精神は、独立自尊。「心身の独立を全うし、自らその身を尊重して、人たるの品位を辱めざるもの、之を独立自尊の人と云ふ」という精神が、西洋文化に飲み込まれ、自信を失いかけた日本人に響いたことは、容易に想像できる。

学問のすすめについては、言うまでもない。「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず」と言う最初の言葉のみをとらえて平等主義の格言のように扱われているが、もちろんそんな主義は持ち合わせていない。簡単に書けば、世間の上下は、勉強するかしないかによる。貴人、富人となるには、自ら勉強せよということ。

元々学校の開校に合わせて友人のために書いたものというから、そうみると分かりやすい。ただ、維新後大ベストセラーになるまで読まれたのは、学問こそが、西洋に追いき、追い越せる手段だと多くの共感を得たからだろう。同時期のもう一つのベストセラーが、スマイルズの自助論。「天は自ら助くる者を助く」で知られるこの本も、自分の努力を求めるもの。人生は与えられるものではなく、自らつかみとるもの。今の時代には忘れられかけている、この時代に生きる人達の覚悟が伝わってくる。

参考に、「学問のすすめ」冒頭の意訳を。
「天は人の上に人を造らず、人の下に人を人を造らずといわれている。人は生まれながらに貴賎上下の差別はないのに、なぜ世間には、賢人、愚人、金持ち、身分高低の差があるのか。それは明らかなこと。賢人、愚人の違いは、学ぶと学ばざるの違い。学問を勤めて物事を良く知るものは貴人、富人となり、無学なるものは貧人、下人となる。」


さて、長々と福沢諭吉について書いてみたが、要はそんな偉人が生きた地に立ち、その環境に触れてみたかったということ。現在母屋と勉学に励んだ土蔵が残っており、隣接する記念館には様々な資料が展示される。記念館には年譜があり、その生き方やその思想に至る過程を知ることができ、おもしろい。実はそこまで具体に知っているわけではなかった福沢諭吉という人物のことが分かり、じっくりと楽しむ。

表舞台で活躍した人物ではないから、見栄えのある資料は少ないが、その残した痕跡は、脈々とその思想を受け継ぐ人そのものにあり、そういう意味では、どんな形あるものよりも大きな影響を残したということで、そういう生き方もあるんだなと感心して。

福沢諭吉旧宅
福沢諭吉旧宅。中津藩下級武士のため、質素だがそれなりしっかりとした造り。右に見えるは、諭吉が勉強に励んだ土蔵。





「中津城」

福沢諭吉旧居訪問後は、すぐ近くの中津城を訪ねる。中津城の始まり、豊臣秀吉から豊前6郡を拝領した黒田如水(官兵衛)が築城したのが始まり。周防灘に臨む山国川河口の地に築城された平城で、堀に海水を引き込むことから水城とも見られており、今治城、高松城と並ぶ日本三大水城の一つに数えられる。

築城3年後には、関が原の戦いの戦功で筑前(福岡県)52万石に加増されており、築城は一度中断されている。元々天守閣のない城で、現在の天守閣は、観光目的で戦後造られた模擬天守となり特に見るべきものでもないが、5階層から中津の町並みを一望できることに大きな意味がある。

近畿、中国への交通の要所・周防灘を目の前に、広大な平野が広がる中津という地を選ぶと共に、その要に川幅の広い山国川という自然の要害を活かした城を据えたことにこそ、町の発展可能性を見越すと共に、外には全国規模の戦いに備え、内には強敵から守り抜く構えをとる絶妙なバランスを感じ、商業の発展と戦の強さが天下を制したこの時代を生き抜いた黒田官兵衛の意思を感じる。現存する城の一部には官兵衛築城の石垣を見ることができ、黒田官兵衛を追いかけ姫路を歩き回った者として、思わぬところで出会えた官兵衛の一端がただただ嬉しく、楽しんだわけで。


ちなみに中津は、福沢諭吉のまたいとこにあたる益田宗太郎が中津隊を立ち上げ、西南戦争に参戦しており、そういう風土を見ておきたくて訪ねたところもある。環境が人を作るという面は否定できず、そこには生活の苦しさや何か思想を生み出す土地柄があるのかと思っていたが、この地を歩く限り豊かさを感じる土地だから、智謀に優れた益田なにがしを中心とした、幕末から引き継ぐ攘夷思想による反政府という、国粋的な思想を背景とした参戦に過ぎないだろうと結論付ける。なお、益田は、維新直後に福沢暗殺をもくろむなど、思想的には大きな隔たりがあったよう。

中津城1   中津城2
左:中津城の堀と天守閣。天守閣は、戦後萩城を模して造られたもの。
右:右側が黒田官兵衛築城の石垣。左側は、関が原後に転封した細川氏増築の石垣で、官兵衛築城と比べ石組みが粗く、堅牢を求めた戦中の築城との違いが現れている。


中津城3中津城4中津城5
中津城天守閣からの景色。西に山国川、北に周防灘、東に平野が広がる。
豊臣秀吉の九州征伐の軍功により官兵衛が豊前に入った直後は、地元豪族の抵抗が激しく、平定まで激しい戦を続けている。戦乱が続く中、領土を守るためにこの地を選んだ官兵衛の視点で見ると、違う景色が見えてくる。





「割烹 やまだ」

中津城を見終わったところで、時間は12時を回る。お昼を日田でという思いもあったけど、交通状況が読めないから、中津で昼を食べることに。

今回訪ねたのは、中津城下町に位置し、福沢諭吉旧宅からも程近い、「割烹 やまだ」。江戸初期(1673年)創業という老舗で、うなぎと日本料理の店となる。福沢諭吉もよくうなぎを食べに出入りしていたという。その伝統と、単純にうなぎが食べたい思いから訪問。日田でも、日田まぶしというひつまぶしもどきの料理が名物のように、宮崎、鹿児島とうなぎの産地に近い大分県は、うなぎ料理が盛んな印象を受けるところ。

薄暗く、少々人の気配を感じない店内と、家族経営的な雰囲気に、割烹という肩書きは少々重すぎまいかと思うも、案内された部屋は広々とした中に格があって、なかなかよし。うなぎ料理は、うなぎ蒲焼(1500円)、うな丼(1500円)、うな重(2000円)、セイロ蒸(2000円)の他、う巻き(500円)、うざく(600円)、肝吸い(400円)があり、蒲焼や肝吸いなどが付くうなぎ定食が2800円となる。小鉢も付く定食と悩むも、やはり王道のうな重と肝吸いを注文する。

重箱に入れられて出てきたうな重は、一段目にタレに浸かった大きなうなぎが3枚、二段目にタレのかけられたご飯が盛られ、その品の良さに伝統を感じる。

背開きで焼いたうなぎを一昼夜寝かせ、注文が入ってからもう一度焼くという独特の方法で、ふんわりと蒸したうなぎとは違う、しっかりとうなぎのおいしさを味わえる。身の厚さは驚くほどで、それでも適度に脂が落ちているから、意外とすんなり食べられる。創業当初から受け継ぐタレも、また絶妙。濃すぎず、すんなりと体に入ってき、ボリュームのあるうなぎを引き立てる。

別箱でうなぎがタレに浸かり続けているから、吸い込み過ぎないように、適当にご飯に移動させた方がいいだろう。ご飯の量も多く、他の料理がなくても、これだけで満足できる。ただ、大きなうな肝が入る肝吸いは、本当においしかった。これはぜひ付けることをおすすめしたい。

うなぎ1   うなぎ2
創業300年を超えるうなぎ料理の老舗「割烹やまだ」。うな重と肝吸いを注文。





「日田散策」

昼食をのんびり食べて13時30分過ぎに日田に向けて出発。中津から日田までは、約50kmの道のり。思った以上に近く、ちょうど1時間で、日田の中心地に到着する。

大分県日田市とは、大分県北西部の山中に位置し、西を福岡県、南を熊本県に隣接する。地形は、周囲を山に囲まれた盆地になり、多くの川が流れ込むことから水郷としての一面も持つ。産業としては、日田杉として知られる林業が昔から盛ん。これは、山間部の降水量の多さが、杉や桧の生育に効果的という側面があるからのよう。日田を流れる川は筑後川に合流し、福岡県など都市への物流拠点となっていたことも、林業を盛んにし、山中の町が昔から歴史舞台に登場する理由となっている。

日田を訪ねたのは、その歴史の一ページに、江戸幕府直轄地である天領としての時代を持つから。九州の山中に設けられた天領地の理由と、そこで育まれた文化に触れるため訪ねたもの。

日田市のうち、天領地としての面影を残すのが、重要伝統的建造物群保存地区に指定されている豆田町(まめだまち)界隈。近くの市営無料駐車場に車を止められる便利さはあるが、建物を保存しているという割りに、完全に観光地化された作られた町並みで、これにはがっかり。連休中でもあり観光客の多さには日田ブランドの強さを思うも、歴史ファンが楽しむには、物足りない。

幅の広い道の両脇に古めかしい建物が並び、そこに土産物屋や雑貨屋、食物屋が展開される。文化人の旧居や大商人の豪邸などかつての面影が残る施設がところどころに存在していればいいのだが、その規模と比べると数も少なく少々寂しい。

日田1   日田2
天領日田の町並み。区割りは当時のまま残っているというが、なんとなく観光地化された寂しさを感じる通り。



入場料310円という値段に期待した天領日田資料館は、建物の立派さとは裏腹に、展示スペースはワンフロアのこじんまりとしたもので、天領地に至った経緯や、そこで育んだ歴史年譜があるわけでもなく、資料的にも特に見るべきものがなかったので、少々残念。


そんな中、日田の焼物・小鹿田焼(おんたやき)に出会えたことは、収穫。素朴な土の風合いに、飛び鉋(とびかんな)と言われる技法で独特の模様が入り、どこか不思議な落ち着きを感じる。これなら窯元を訪ねてみようかと思うも、さすがに時間に余裕もなく断念。

小鹿田焼は、江戸中期に領内の生活雑器の需要を賄うため、福岡県の小石川から陶工を呼び興した伝統ある陶芸で、重要無形文化財にも指定されている。現在10軒ある窯元の全てが開窯時から続く家の子孫にあたり、これは弟子を取らず長子相続により伝統技法を継承してきた故のこと。

こんなことなら販売店を事前に調べておけばよかったけど、先日陶器まつりでカップを買ったばかり+豆田町で見つけた観光客相手の一店舗だけで購入するのは早計ではないかという思いから躊躇し、購入せず。訪ねていないが、窯元10軒の秀作を一堂に見ることができるという「綾部商店」はよさそうなので、参考までに紹介しておく。


もう一つの収穫は、日田天領水で知られるように、名水の産地として知られる日田で天然水を入手したこと。天然活性水素水としてやたら値段が高い日田天領水を買うつもりはないけど、豆田町にある町の駅で、無料地下水をペットボトルに入れて持ち帰る。ミネラル成分は良く分からないが、柔らかい軟水をおいしくいただき。

日田5 日田4 日田3
左:天領日田資料館。ここの入口前で、「日田町歩きマップ」を入手しておきたい。観光施設、小鹿田焼、食事所と日田の見所を幅広く網羅しており、日田町歩きの必携のガイドブックとなっている。
中:小道はちょっといい雰囲気。
右:日田の地下水を無料で。空ペットボトルは、隣の町の駅で購入する。



夏暑く、冬寒いという盆地らしく、この日の気温は29.4度と本日の日本最高気温を記録。うだる暑さに夏を感じながら、町歩きも少々バテ気味に。そして、最後に訪ねたのは、豆田町から歩いて10分程のところにある、咸宜園(かんぎえん)。

咸宜園とは、江戸時代の儒学者・広瀬淡窓が1817年に開いた私塾。身分、出身、年齢に取り除く三奪の法をとり、天領地だったことから、武士に限らず身分を問わずに誰でも入塾できたことに特徴がある。80年間で、入門者は4800人に及び江戸時代日本最大級の私塾だったと言われる。門下生には、蘭医・高野長英、日本陸軍創始者・大村益次郎、日本最初の写真家・上野彦馬などがいる。

現在は、江戸末期の姿に修復した咸宜園の一部・秋風庵を見ることができ、その畳に座り心を静めると伝わってくる、強い志を持って熱気の中で学んだ多くの若者の息吹に、ここを訪ねる価値を感じる。豆田町から少し離れ、建物しかないためか、ほとんど訪れる人がおらず、静寂な空間を十分に堪能できることもいい。日田を訪ねたなら、ここを訪ねてみるのがいいだろう。

咸宜園1   咸宜園2
かつて日記で、広瀬淡窓に触れたのは、5年前のこと。大村益次郎が学んだ咸宜園の師・広瀬淡窓の詠んだ詩「君は川流を汲め 我は薪を拾わん」から、小学校時代に出会った教師の思い出と共に、教育論を語ったもの。そんな点と点が、ここで一本につながったりするから、歴史をたどる旅はおもしろい。
そんな日記を見てみようという方は、こちら、もしくは通称hiro本の28ページをご覧あれ。





日田を出たのは、16時30分。日田ICは中心地のすぐそばにあり便利。ここから福岡まわりで帰れば3時間程でとの考えはやはり甘く、大宰府IC前から大渋滞に巻き込まれ、計6時間の長距離ドライブで22時30分に無事帰宅する。


日和庵ディナーから始まった連休計画は、大分県中津市、日田市を訪ねるプチ旅行まで加わり、充実した2日間を終える。日和庵は言うまでもなく心の安息地だから、そのおいしい幸せ感を味わいに、またここを訪ねたい。中津、日田は、その歴史的背景から訪ねたいと思いながら、なかなかここだけでは観光が成り立たないから選択肢として選び辛かったところ。そんな中、プチ旅行として訪ねる機会を作れたことは、ちょうど良かった。

福沢諭吉旧宅、広瀬淡窓私塾と、幕末から維新にかけ、日本に多くの影響を与えた識者の一端に触れ、彼らのことをより知る機会を得られたことは、いい経験となった。訪ねる機会が限られ、その中でもどうしても、別府、湯布院といった有名観光地に限られてしまいがちな大分県訪問で、この地を踏めたことで大いに満足。

大分県竹田市岡城という目的地は次なる機会とし、この辺で、2010年5月連休旅行記を終える。

プロフィール

Author:hiro

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