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続・プロ野球契約金詐称問題

スピンコントロールとは、情報操作によるメディア(世論)コントロール、その専門家をスピンドクターと呼ぶとは、「スピンドクター “モミ消しのプロ”が駆使する「情報操作」の技術(窪田順生著)」で紹介したところ。

その主体がマスコミであるなら、情報管理者自体によるコントロールであるからたちが悪く、さらに各社結託したなら、その流れを覆すことはほぼ困難。規制により作り上げられた巨大マスコミによる寡占支配は、国家による容易な世論操作を生み出すとともに、倫理観をもたないそれを悪用するマスコミ自身による世論操作を生み出してきた。

新聞やテレビで流れるニュースと呼ばれる情報の裏には何があるのか、スピンされる前の問題の本質、そのスピンされた背景を突きつめ、根本の解決策を提示するのがここの目的でもある。「寝た子を起こすな」、数年前、保安院は原発の安全強化提案をこう退けたというが、その膨大な労力、信用失墜を恐れ、現体制は得てして現状維持の判断を下し、それを正当化するためのもっともらしい理屈を作り上げる。そしてそれは、原発の例を出すまでもなく、問題のスピンはその先送りに過ぎず、その先に待ち受けるのは制度そのものの破綻である。

関心がなければ、スピンから始まる崩壊していく過程を、自分の見方と照らし合わせながら、ただ憐れみとともに眺めているのだが、それが自身に及ぶことなら積極的に介入し、リスクを負ってでも食い止める。


さて、大げさな話から入ったが、やはり本日の話題も「プロ野球新人契約金詐称問題」である。

この問題の本質は、一球団がルール違反していたかどうかではなく、プロ野球を支えるファンに対し、それを運営する社団法人日本プロ野球機構が、ファンとして応援する前提である、スポーツ競技に必要な公平・公正なルールに基づく競争を阻害する要因について、意図的に情報操作したことにある。

プロ野球とは、ファンと呼ばれる顧客が、野球場やテレビを通じた観戦、関連情報の収集をすることで、入場料や広告効果に基づく広告料、テレビ放映権料等の収入を得て成り立つ商売である。顧客とはプロ野球ファンであり、顧客を維持・増加させるため、組織ぐるみで情報操作を行い、誤った情報を認識した顧客に商品を購入させ続けるとともに、それをもとに広告等による間接的な収入を得てきたという事実。

契約金額を公表し、最高額として世間に認知させてきた効果は、ドラフトにおいて逆指名、自由獲得枠、希望入団枠と名称を変えながら有力選手を一部球団が優先獲得するための手段だといぶかしみながらも、金満球団に優位性を与えない、公平な条件下での競争と信じ込ませてきたことにある。また、選手においても、金銭で選択した印象を持たれず、顧客への広告効果を高める恩恵をもたらした。

これが、契約金最高標準額は目安に過ぎず、金銭により有力選手の獲得が決まると公表されていたなら、どうなっていただろうか。そもそも、プロ野球において選手は資産であり、その獲得は勝敗の根幹を成す要素である。当時、海外流出が起きる前まで、一流選手はFA権により報酬の高い球団に集まり、シーズンを通じた野球観戦の楽しみがなくなると、金満球団のみ選手増強されることに他球団のファンからは非難の声が上がっていた。それに加え、新人有力選手まで金銭で獲得できるルールと知れば、到底弱小球団がその後優勝する可能性はなくなり、野球観戦そのものを止めただろう。

その状況を踏まえても、ルールに違反していないから問題ない、違法性はないというのなら、非公表の業界ルールさえ守れば、適切な情報を与えないため顧客が認識を誤ったままでも、商品を販売し続けてもいいということになる。そしてそれは、大相撲において、非公表の業界ルールである八百長による試合が行われてきたことと大して変りがないことでもある。


問題の本質が追求されるべき状況で、はや業界一丸となりスピンコントロールに動き始めたから、こうして書かずにはいられなくなる。清武問題が、いつの間にか個人攻撃にすり替わったように、この業界の閉鎖性は異常であり、もちろんその原因はこの業界を支える日本における閉鎖体質の権家・マスコミにあるのは言うまでもないことだろうが。

・高額契約金をもらい活躍している選手はいいが、活躍できていない選手は、肩身が狭くなるだろう。
・この問題をリークしたのは、清武元読売巨人軍取締役球団代表の可能性が高い。

マスコミにこの問題を分析させたら、こういう結論に至るらしい。もちろん至るわけがない、こういう結論を導き、プロ野球業界保護、スケープゴートによる世論を誘導を狙っていると見るのが自然だろう。

この問題をさらに突き詰めれば、巨人を盟主に掲げる現在のプロ野球体制にある。米国がMLBが主体にするのと異なり、日本は実質的な主体は日本プロ野球機構(NPB)ではなく、巨人にある。巨人主体のプロ野球自体の衰退と、巨人と距離を置くパリーグの活性化により、一極集中支配は変わりつつあるが、機構を上回る権力は様々な制度が決まる上での影響力を振り返ればまだまだ変わることはない。

それを変えたくないマスコミは、当然この問題の本質を曲げて伝えることになる。次の新たな事件により、この問題を世間が忘れるのをじっと待つ。ただそれがもたらすのは、問題の先送りであり、それが終わりの始まりであることを当事者は誰も認識していない。プロ野球崩壊の序章、昨日の題には、そんな思いを込めている。


なぜ、これを機に次の段階へと進まない。問題は明らか。プロ野球人気の衰退が示すように、巨人による一極支配の時代は終わった。新たなプロ野球制度を作り上げる、またとない機会。

資産である能力のある選手獲得を透明化、チームバランスの均衡。そう、これまで盟主が否定し続けてきた新人選手の完全ウェーバー制(シーズン下位チームから、順に新人選手を獲得)導入である。そこから、選手をどう育てるか、どういう戦術で戦うかは、球団、監督の腕次第。各球団が有力な選手を持つからこそ、FAやトレードが活発化する。

放映権料、一定の選手肖像権料をNPBが管理し、バランスを取り配分。MLBのように、親会社の資金で多額の投資をする球団からは、ぜいたく税をとってもいい。どうすれば、ファンを楽しませるおもしろい試合が生まれるか。野球観戦とは、美技に酔いしれ、ホームランに喝さいを送り、ときに球場が一体となり大声を出して盛り上げる、最高のエンターテイメントではなかったのか。

どのチームにも優勝する機会があるから、ファンは応援するし、それができない体制を批判する。シーズンを通したファンとの一体感が、その結果にかかわらず、最後はねぎらいの言葉へと変わる。


プロ野球で実現した一極支配体制を築けずに、かの新聞社が撤退したのが、Jリーグ。それでJリーグは破綻するに至ったのか。もちろんそんなことはない。むしろ、ファンとの距離を縮め、ファンと一体となり熱い戦いが繰り広げられるプロスポーツへと進化している。

それまで根付いていなかったサッカーでさえ、地元のおじちゃん、おばちゃんまで巻き込んで作り上げられた。それを、多くのファンを持ち、観戦スタイルが日本人の性質に合う野球で実施したなら、かつての人気の再現に留まらない、新たなムーブメントを起こすことだろう。


なぜ、この絶好の機会を逃す。その先に待ち受けるのは、衰退だけにも関わらず。盟主を切り捨てる覚悟がなぜできない。そんな余裕が、今のプロ野球のどこにある。Jリーグを、パリーグをうらやむプロ野球、セリーグファンは大勢いる。変わる役割を担えるNPBにその意思がないのなら、やはり世間が認知するに至ったこの問題が崩壊の序章になるのだろう。

せめて、オリジナル業界ルールで顧客を欺くことに社会的責任を感じていないなら、文部科学省所管の特例社団法人の認可を取り消し、一スポーツ愛好組織として世間に誤解を与えないよう、ひっそりと野球を楽しんでもらいたいものである。


※プロ野球の話題は得てして感情的な反応を返されがちだから、普段からしない方針。言うまでもなく、プロ野球一球団の批判ではなく、プロ野球制度を見直すべきというのが今回の提案である。なんにせよ、なんらかの落としどころがなければ、例え今の世論誘導が成功しても、大きな傷跡を残すことになるだろう。その落としどころが、清武前代表と野間口投手の社会的抹殺・実質的追放という安易な方法となることを懸念するばかりである。
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社会的責任の軽視がもたらすプロ野球崩壊の序章

今や、誰もが情報発信の主体足りえる社会において、それをコントロールすることは不可能に近い。フィルターを通らずしてあふれる個人の主張は、時に大きなうねりとなり、国家さえ転覆する力を持つ。一方、時に匿名性が人間が内に秘める闇を解放し、公と私の区別を持たない稚拙な判断の下、一個人の社会的存在を消し去る集団暴行を巻き起こす。

かつて情報を知り得る者のみが作り出すことができた「世論」という名の曖昧な空気感は、各個の情報発信ではっきりと示される現在においては、虚しささえ感じてくる。

正義や倫理の名の下、隙あらば攻撃の対象とし、世間の憂さ晴らしの生贄を作りたがる日本人の陰険な性質は、その権利がマスコミから一個人にまで広がったことにより、既に一つの文化として定着するまでに至る。その唯一の対抗手段が法律で、正義や倫理観という曖昧な定義に対し、その遵守は明確に基準による善悪にとらわれない結論を導き出すから。


ただ、法律とは、必要な規律を定めたものであり、社会全般を定義しているわけではない。だからこそ、法律に違反していなくても、社会的責任は問われるし、それぞれの地位や立場により求められる規範もある。だからこそ、法違反していないから許されるわけではなく、法違反に留まらず、倫理に照らして社会的責任を負うべきことを厳しく追及してきたのがかつてのマスコミであり、それを標榜し、所構わず社会的責任の名の下、稚拙な基準により誅殺を繰り返しているのが、今のネット社会である。



法の規定のみにより、物事の善悪を判断するのならば、マスコミなど必要ない。強大な権力に配慮し、その機能を果たさず、法律による判断という体のいい逃げ道を用意する村社会的な価値観で、公正が最大の権威であるはずのスポーツ業界の判断を誤らしめ、その存在を否定しかねない曖昧決着の流れとなりつつあることを危惧し、その矛盾をここで指摘することとする。

ことは、3/15付朝日新聞朝刊に掲載された、プロ野球巨人における、契約金最高標準額の超過問題である。


朝日新聞 3/15付朝刊
「プロ野球・読売巨人軍が、球界で申し合わせた新人契約金の最高標準額(1億円プラス出来高払い5千万円)を超える契約を多数の選手と結んでいたことが明らかになった。1997~2004年度に6選手(高橋由伸、上原浩治、二岡智宏、阿部慎之助、内海哲也投手、野間口貴彦)と結んだ計36億円の契約で、このうち計27億円が最高標準額を超過する内容だった。」

そしてプロ野球巨人の見解
「野球界のルールには反しておらず、社会的非難にあたらないと考える。6選手はいずれも、最高標準額が契約金などの上限ではなく、緩やかな目安としてプロ野球界で認識されていた時期に入団している。さらに、税務申告も適正に行っており違法とみなされる点もない。最高標準額が上限でないことを無視するような報道は、極めて不公正で、選手や球団の名誉を著しくおとしめるものと法的措置を検討する。」


契約金1億円プラス出来高払い5千万円が上限ではなく、緩やかな目安として認識されていたなどと、誰が思っているのか。プロ野球ファンさえ知らない、プロ野球界のみの暗黙の了解が、「認識されていた」ととらえるなら、あまりにも世間の常識から外れた見識。それまで隠してきたことを、事実を追求され、従前からルール化されていたというのは、居直り以外のなにものでもない。

プロ野球に限らずスポーツファンは、公平な条件による、公正なルールの下での真剣勝負を望んでいる。だから、大相撲の八百長問題をあれほど非難したのだ。収益の多いチームが、金銭によりFA選手を獲得し、新人ドラフトまで金銭でコントロールすることがルール化されていたなら、誰が下位チームをいつまでも応援し続けるのか。次のドラフトの目玉候補が、もしかしたら入ってくるのでは、ウェーバー制が来年こそは導入されるのではと、下位チームは将来を夢見ながら応援している。一つの球団だけを勝たせたいなら、初めから勝負などする必要ないのだから。

後ろめたく隠してきたことを暴かれた瞬間に、「違法はない、法的措置も検討する」は、まさに本来社会的責任を求められる企業が、その矛先をそらすために、法律というもっともらしい理由で責任回避しているに過ぎない。むしろ、法も及ばない曖昧な規定であるなら、公平・公正な試合が行われていると思っていたファンへの愚弄とさえ思えてくる。


そしてプロ野球村では盟主・巨人などマスコミをはじめ誰も非難できず、時間とともにこの問題も忘れ去られていくのだろう。広島・広陵高校出身の二岡が、相思相愛と言われていた広島カープから巨人へと変節したあの出来事。将来活躍した際の年棒に目がくらんだのかと思っていたら、まさに目の前に積まれたお金に負けていたのか。これが認識されていたルールであるなら、もっと早く公にしてほしかった。それなら、プロ野球を応援するなど無駄な時間を過ごさずにすんだのに。
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Author:hiro

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