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本の紹介

先日本屋に行き、全共闘運動に関するコーナーが設けられていることに気付く。何事かと見てみれば、どうやら運動から40年が経ち、当時を振り返る本がいろいろ出版されていることから、一角を設けて紹介している様子。

そもそも全共闘運動とは、1960年の安保闘争の後に起こった、ベトナム戦争反対を契機とした学生運動を指すよう。それまでの学生運動との違いは、政治党派や学部を越えた集まりによる、武装闘争を辞さない過激路線にあり、全国の国公立大学、私立大学の大半を巻き込んだ大規模なものだったとか。

この運動の象徴ともなっているのが、記録番組でよく流れる、東大・安田講堂前への機動隊突入で、この闘争では、8500人の機動隊を相手に、3日間に渡る攻防を繰り広げたとか。

戦後の現代史に疎いもので、活動の経緯等は大まかにつかんでいるつもりでも、細かい思想的背景は、未知の分野。まあ、そもそも思想的に合わないところがあり、深く知ろうとしないところもあるんだけど。

この学生運動が過激化していく過程で、連合赤軍が生まれ、あさま山荘事件に至ることになるけど、連合赤軍はこの流れの一系統に過ぎないなど、いろいろ関係が複雑だから、表面だけを追っていると大きな誤解をしていたりと、難しい。

ちなみに、あさま山荘事件とは一体何だったのかを手っ取り早く理解したくて見たのは、2008年公開の映画「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程」。とりあえずこの映画で、あさま山荘事件が、連合赤軍の積極的な活動によるものではなく、活動自体が行き詰まり、組織が解体していく過程で起きた、追い込まれた上での事件だったことが分かったところ。

そんな経緯があり、やはりその根底にある思想を抑えねば理解ができないと、本屋の一コーナーから選んだのは、「共同幻想論(吉本隆明)」。

恥ずかしながら全く知らなかったのだが、吉本隆明氏とは、戦後最大の思想家とも評される人物で、この本は、当時教条主義化したマルクス・レーニン主義に辟易し、そこからの脱却を求めていた全共闘世代に熱狂して読まれ、強い影響を与えたものなんだとか。

最近すっかり粘りがなくなりつつあり、安易な方向(読みやすい小説)へ流れる傾向があるから、ちょっと本腰を入れて、思想と向き合おうと思い。さて、そんな感想を書く機会があれば、また紹介することとして。


・・・・・・
そんなことを言いつつ、手元にはまだ読んでいない本が数冊あるから、まずはそちらが先かな。

この連休中に読み始め、そろそろ終わりそうなのが、「武田勝頼(新田次郎)」。武田信玄亡き後、戦国最強とうたわれた武田軍を率いた勝頼が、なぜ滅亡に至ったのか。愚将という評価を覆す、史書を追いながらの展開は読むべきものがあり、なかなか重厚な一冊となっている。

歴史小説は、創作の行き過ぎたものも多いため、注意が必要。参考文献自体の価値が疑わしいものもあり、特に武田氏に関しては、江戸時代に広く流布し、武田軍学の基礎資料とされた「甲陽軍鑑」が、現在では史実と大きく異なり史料的価値がないとされていたりするから。

そんな意味で、この本は、甲陽軍鑑ではなく、信長公記や三河物語、譜牒余禄等をベースとし、その原文による解釈を中途に入れているから、読み応えを感じているもので。

この小説を読む中で、真田昌幸(真田幸村の父)にすっかりほれ込んでしまい、彼の生き様を研究しようと思い始めているこの頃。ということで、近いうちに「謀将 真田昌幸(南原幹雄)」を読むことになるだろう。そして、偶然にも、歴史街道11月号(10月5日発売)が、真田三代(幸隆、昌幸、幸村)特集だから、これも確実に購入する。そんな流れで、来年夏の旅行は、武田信玄、真田昌幸を訪ね、山梨、長野界隈をうろうろしている姿が見え始めているところで。


かつてのように、もう少し本の紹介をしていきたい思いもあり、また機会があれば触れることとして。
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納税者番号制度について

限られた財政の中、いったい誰を支援すべきなのか。何もせずにお金がもらえるなら、誰もが自分は生活が苦しいと言うだろう。性善説や性悪説という感覚ではなく、データにより判断しないから、格差社会という言葉が巷を席巻し、この問題の根本的な解決が図られない。

子供手当を、分かりやすい制度だからと賛同したのは、大きくは同じ意味。現在、児童手当等子育てに多くの支援があるが、もらっている人以外は、誰にどの程度支援されているか分からない。子育てに負担が大きく生活が苦しいと言われれば、それは大変だ、もっと支援をしたらいいとなる。

それが、子供手当になれば、あの家族は2人子供がいるから、毎月5万2千円をもらっていると、誰から見ても明確になる。それなら、このぐらいは我慢してもいいなり、この点については別の支援が必要ではないかと、周りの人間が判断できるようになる。

年金制度も、同じことがいえる。最低補償年金により、生活が苦しいというが、この額は毎月あるわけだから、本当に何が必要なのかを判断できるようになる。

はっきりと基準を示し、皆が情報を共有することは、皆の無用な不安をなくすとともに、共有した認識の下、必要な政策を的確に実行できる強みとなる。


データによる判断とは、国が国民の生活状況を的確に把握することだろう。サンプル数の限られる経済指標ではなく、個人の所得を正確に把握する。その方法は、納税者番号制度導入による、個人ごとの所得額把握に行き着く。

これは、年金制度、健康保険制度等社会福祉制度と連動しなければ意味がなく、一体管理をして初めて、国民にとっても使い勝手がよく、制度としても効率化し、国にとっても的確で必要な支援ができるようになる。

納税者番号制度導入への反対が、中小企業事業者から出ているというのが、おもしろい。昔から、クロヨン(9割・6割・4割)、またはトーゴーサン(10割・5割・3割)と、大きな方から給与所得者、自営業者、農業・林業・水産業事業者の実質納税率を示す言葉がある。

つまり、会社からの源泉徴収で、必要経費に誤魔化しの効かないサラリーマンは、制度通り全額納税し、事業と私的な線引きをあいまいにできる自営業者は、自家用車購入や自宅家賃、私的な食事・旅行の経費扱いで、本来の納税額の5割近くを脱することができ、農業・漁業者は、自家消費等そもそも捕捉難しく、3割程度しか納めていないというもの。

サラリーマンには、必要経費を一定額控除する制度があることを踏まえても、現在の納税制度は、公平性という制度の根幹部分で疑問を持つところが大きく、システム化が可能な現在においては、改善すべきものとなっている。

それに反対するのが、結局既得権益を持つ方々だから、どの問題も、根本は同じだと言うことにあらためて分かる。これまで、所得額を把握されないことで、納税額を誤魔化していた人達が、把握されたくないから反対だと堂々と叫ぶこと自体、どうかと思うのだが。

それを、プライバシーの侵害と論点をすりかえられると、反権力を生きがいとするマスコミの方々はもとより、世間の方々も、なんとなく自分達の家計を把握されるのではないかと不安になり、反対の世論ができあがる。これまで導入が見送られ続けたやり取りの繰り返しが起こるわけだが、そろそろ、その無用な論争から脱するときである。


格差と言いながら、誰を支援すべきか分からない。その中で、支援制度を作るから、無駄に税金をばらまくことになる。納税額を基準に判断しても、納税方法にグレーゾーンを作っている現制度では、全く判断基準の用をなさない。それぞれの情報を共有していないから、一体的な取り組みができない。

反社会勢力の方々が生活保護を受給し、納税を免除されている自営業者の子供達が医学部へと進学していく。日本の貯蓄額の85%を占める高齢者が、今の生活は苦しいと嘆く。税金はできるだけ払いたくない、でも、もらえるものは誤魔化してでももらいたい。なんだこの世の中は、と思うわけである。


あそびのない世の中はおもしろみがないけど、必要なものは批判があろうと、大局的な見地から、断行してもらわなければならない。その意味で、納税者番号制度は、今からの時代に必要なもので、必ず導入しなければいけないものと思っている。

行政効率化が叫ばれて久しいが、サービスの向上も含めて、本来望まれる制度になるはずのもの。年金、医療、納税、住民基本台帳、銀行口座が一体となった一枚のカード。定額給付金の個人口座への直接振込みも可能になり、納税額に応じた手当も支給できる。医療費負担の割合も細かな対応ができるだろうし、介護保険との一体的な運用も可能になる。そして、なによりの身分証明書になる。所得証明書を都度市役所に取りに行く必要もなくなり、源泉徴収表を大切に取っておく必要もなくなる。

行政は、データを基に、必要な施策を的確に実行できる。市民税、県民税、国税、年金、健康保険料とばらばらな納税状況を一連で把握し、未納者に対する徴収や、サービスの一部停止、サービス利用に対する追加負担等適切な対応をできるようになる。二重、三重の組織体により、何十万人とかけている人手を、一気に効率化できる。適切な徴収により増えた税金は、税率の低減等により、納税者に還付することができ、結局納税者にメリットをもたらすことができる。


正直者がばかを見る世の中を作れば、誰もまじめに頑張らなくなる。世の中の大半の、普通に毎日を一生懸命生きている人達が、余計な不安や不平を抱えず、安心してあたりまえに生活できる環境を作るのが、政治の、行政の役目であり、責任である。そのためなら、一時的な批判にさらされようと、強い力に抗ってでも、信念を持って進まなければならないし、その判断を誤らないように、日頃から研鑽すると共に、他の意見を聞き入れる柔軟さを持ち続けなければいけないと、勝手に思うのである。


こういう正論は、様々な圧力により結局は通らないのが常だけど、ここ最近勢いを増す民主党政権なら、空気を読めずに頑張りそうな気がするから、期待を込めて長々と書いてみた。また、勢い余って消費税7%なんざ言い始めるんじゃないかとはらはらしないところがないわけじゃないが、与党として馴染む前に、できるだけ頑張ってくれと思いながら。

民主党政権への期待

民主党政権が始まって間もないが、なかなか理路の通った政策と芯のある実行力を見せ、今後の国家運営に大きな期待を抱いているところ。

多岐にわたるマニフェストの内容には、疑問や不安を抱いたものだが、既存の枠組みへの追加的な施策ではなく、予算の付け替えを含めた政策的な転換であるなら、手法として歓迎。内容についても、総花的でありすぎる嫌いはあるが、スジは悪くないというのが、全体的な印象。少なくとも、これまで動くに動けなかった各事業が見直されることは、非常に効果がある。

官僚主導と目の敵にされた霞ヶ関も否定できないところはあろうが、政策を最終的に決めるのは、政治である。個別企業への補助金、個別団体への交付金、個人への各種手当、その一つ一つが、廃止となれば既存の受給者から、大きな批判を受けることになり、その利益者代表として選出された政治家が、その制度を守るため各省庁に強く働きかける。

受益者が見える、個別の施策の見直しに入る今後は、既得権益を持つ者からの反発が強まろうが、政策実現に向けて頑張り、また、早くも始まったマスコミの揚足取りや住民の声というごく一部の世論にぶれることなく、引き続き国の政策を判断してほしいものである。


国土交通大臣・前原氏には、ちょっと感心。民主党党首時代に不安を感じた柔軟性のない頑固さは、芯の強さとしていい方に出、外交政策だけの人物かと思っていたけど、国土交通政策におけるここ最近のバランスの取れた判断は、見るものがある。

八ツ場ダム建設中止は、今後の公共事業のあり方を見直すという方針が示すとおり、当然の判断と受け止めている。国家財政が限られる中、治水・利水を含めた公共事業のあり方は、その時代の状況により当然に見直されるべきもので、未だ100年に一度の災害を想定し、地方の景気対策という裏目的を兼ねて大事業を実施することには、大いに疑問がある。

あれだけ無駄な公共事業と騒いでいたマスコミが、住民の声を無視したと騒ぐことには開いた口がふさがらないが、そんな流れに翻弄されている世論も、見ていて情けなくなる。

既に事業の7割が済んでいるから、完成させた方がいいとは利益感覚の乏しい公務員的発想で、それに世間が乗る必要は全くない。そもそも、7割事業費をつぎ込んで、未だ本体のダムが完成していないとは、いったい何に金がかかっているのかというのが、ダム建設事業における最大の課題なのだが、それに触れない報道のおもしろさを含め、余談だから今回は取り上げないこととする。

ダムが完成すれば、それで支出は終わりではない。むしろ、そこからのコストが大きい点が、ダム完成派理論からは抜けている。高速道路では維持管理費の必要性が訴えられているように、その施設の管理者は、維持管理を行う必要がある。八ツ場ダム規模であれば、ダム管理事務所をそばに建設し、職員が配置されることになる。事務所建設費、人件費はもとより、ダム本体の維持修繕費は、規模が規模だけに多額なものとなる。それが、毎年支出され、年数を経れば負担額も増え、さらに50年後なりには耐用年数を迎え、新たな治水方法のための負担が生じることになる。

例え9割完成していたとしても、状況が変われば、事業を止めるのが、民間企業の発想である。環境の変化で売上が落ち、想定した利益が見込めないなら、費用負担が大きく企業体力に見合わない事業は切り捨てる。状況によっては、トップは経営判断を誤ったとして辞任し、新たな体制の下、新しい戦略を打ち出し、経営を行う。その経営感覚のなさが、今の財政状況に陥った原因なのに、なぜ同じところで引っかかると、ここ最近の風潮を嘆いているところである。


ダムを国が造るからには、その必要性は国が大局的に判断すべきものであり、そこに地元自治体の入る余地はないと考えている。地元住民にしろ、国に翻弄されたと言いながら、50年間完成しなかったのには、自分達がまとまらなかった結果であり、一義的に国の責任にする姿には冷めた目で見てしまい、経緯を思うと完成しなくても仕方がないと思う人も多いのではないかと勘繰ってしまう。

ダムという観光資源による地元経済再建などと、本気で信じているのだろうか。全国に無数にあるダムで、地元活性化策として桜植樹やダム湖での貸ボート事業が行われているが、そこに大型連休中にさえ人が集まっているニュースを聞いたことがない。そもそも山の中の不便な場所にあるダムに観光客が押し寄せるなど、余程の観光資源がないと難しいが、そもそもが周りは水に浸かっているのだから、無理な話。これまで夢のような話を聞かされてきたのかもしれないが、そろそろ現実に立ち返り、考える必要がある。


そういう意味で、前原大臣の決断は、非常に意義のあるものだった。事業計画にある県道整備事業は、完成させるというもの。そもそも、なぜダム事業に金がかかるかと言えば、この辺の影響が大きい。ダムを押し付ける代わりに、地元環境を格段に良くしますよという代償。山中の離合もできない細い町道が、事業の開始と共に県道へと格上げされ、4車線の立派な道へと姿を変える。これまで、旧道を使った各村をつなぐ大回りの曲がりくねった道が、近くの都市を真っ直ぐつなぐ直線道路へと。不便だと田舎を出て行った息子達が、家からの通勤が可能になり、実家に帰ってくると信じるに足る道路が整備される。(現実は、便利になった結果、いつでも帰れると皆田舎を出て行くことになるが)

ダムができることの地元にとっての一番のメリットを交渉前に約束したことは、国交相の強い意思を感じさせ、大いに評価すべきことだと思っている。必要な補償を行うとの約束は、既に補償を受け移転を終えた者に限らず、まだ補償契約を締結しておらず、今後移転を望むものにも補償の余地を残すもので、(そもそもなぜ未だ契約を引き伸ばしているのかという不信感は置いておいて)未移転の住民の不安を解消するものといえる。

はたから見れば、十分すぎるほどの補償を、国の政策を変えるからとの理由でしっかりと提示したことは、もっと評価されてもいい。そこを引き出す機会として、権限を持つ国交相自らが地元に来たにも関わらず、つまらない駆け引きに終始する地元民(というかそのリーダー)に、交渉期間の長さでつちかったずるさを垣間見、全く同情しないわけである。


治水を国が担う現制度では、その必要性は、国が判断することになる。そこは、技術を持たない地元自治体が判断することではないと、もう一度言っておく。特に今回は、必要な治水は、ダム以外の方法により検討すると既に方針を示しており、地元自治体がダムが必要だと言うほど、虚しさが付きまとう。

地方自治といいながら、現在の都道府県制度の下では、広域にまたがる治水等は国が行うより仕方がない。地方一括交付金が実現し、関係自治体が負担しあいダムを造るということが、地方自治として理想かもしれないが、そうなれば、関係自治体どころか、当自治体さえ、ダムになど金をかけないだろう。結局、自分の懐がほとんど痛まない、少し痛んでもそれ以上に地元にお金が落ちるからダムを造るというのが、地元自治体の本音だろう。

となれば、やはり国として、なぜダムでなければいけないのか、本当にその公共事業は続けるのかということを、もう一度再点検することは、大いに意味があると思うのである。


地方自治は当然の流れで、権限を全て国が持つから、東京に企業も役所も集中し地方が廃れ、ノーチェックの出先機関による無駄の温床、不要な国の介入に、地方との二重行政と、否定できない事実である。

築地市場の移転に農水相の許可や、鞆の浦の架橋に国交相の認可は、地元住民の選出を受けた地方議会が決めればいいことで、国に権限があることに疑問符しか付かないのだが、一方、利害関係の交錯する広域や多大な費用負担が必要になる国家的な巨大事業は、国の判断により行う必要があると思っている。

日本航空の路線廃止に反発する自治体に対する、空港、新幹線、高速道路となんでも求めるから、公共事業がコントロールできなかったという前原さんの発言は、的を得ており、爽快感さえ覚える。何を持って民主的というのか。大衆の意見をことごとく受け入れることが、民主的なのか。そうではない。民主的に選ばれた人達によって、国家を運営することが、民主的なのだ。

財務大臣として持論であった財政再建論を声高に叫んでいた自民党の谷垣氏が、国土交通大臣になった途端に、突然公共事業見直し論どころか、道路整備計画維持を掲げたような変節は、この大臣には余計な心配となるのだろう(ということで、自民党新党首には全く期待していない)。今後の活躍を注目したい一人である。


余談
今後の地方は、公共事業による経済維持から脱却する必要がある。蛸が自分の足を食べているようなもので、もう行き詰っており、できるだけ早く新しい経営モデルを見つけないといけない。ただ、それは、今の仕組みの中では、もう手の打ちようがない。

東京一極集中の原因は、国に全て権限があることである。地方の閉塞を打開するのは、大規模公共事業でも、農業等第一次産業に注力することでもない。国からの権限移譲により、地方で完結する仕組みを作ることである。事業活動への許認可、企業の本社を、地方に移す仕組みを考えたい。

一極集中による効率化で、国際競争力にいくらか有利となっても、国力はそれ以上に衰退する。この先、日本をどういう形の国にするのか。そこを踏まえた政治が、望まれる。

熊野詣記①

「旅先検討」

せっかくの大型連休を家で過ごすのは、もったいない。中途半端な3連休では、翌日からの仕事を考え、遠出するのにちょっと躊躇してしまうこの頃、旅行後にまだ休みが用意されているなら、この機会を利用しない手はないと、前向きに検討を始める。

大型連休での渋滞予測を聞きながらも、やはりこのご時勢、旅行をするなら車移動。高速料金千円制度により、かつての関所のような、遠出の心理的負担からようやく解放され、車移動の自由を与えられたのだから。

車で行ける範囲と思いながら、九州・中国・四国地方は、ほぼ制した感があり、対象外。どうせなら、この機会にしか行けないような、ちょっと遠方をと考える。その結果、距離的な限界と、何度か訪ねながら、まだまだおもしろさを秘めていそうな魅力から、近畿地方にターゲットに。何度か訪ねた京都や奈良は、まだまだ引き付ける魅力を持つが、初物を優先し、却下。大阪は、特定(美津の)のお好み焼きを食べたい思いだけで、他に魅力が見当たらず、神戸は、歴史背景を持つ町だけど、ちょっときれいにまとまりすぎているイメージから、お金を出してまではと、厳しく選別していく。

そして選んだのは、和歌山県。世界遺産にも登録された熊野古道を始めたとした遺跡は、日本の成り立ちに関わる由縁を持ち、それを信仰し古来より訪れた多くの人々の思いが残る地。そこで自分は何を感じるのだろうか、日本において、自分が訪ねておくべき地だとの思いが、和歌山訪問を後押しする。




「宿検討」

移動時間から、2泊3日を期間とし、行程を検討する。ベースとなる情報として、ガイドブックを購入し、ここで知ったのは、高野山が和歌山県にある事実。弘法大師・空海を開祖とする真言密教の聖地である高野山は、そのイメージから、京都界隈の山かと思っていたけど、和歌山県の北方、それも熊野古道に通じる位置にあることが分かり、今回の行程のメインに組み込む。

そして、もう一つ分かったのは、高野山の寺に宿泊ができるということ。朝の厳粛な空気に触れたいとの思いから、迷わず高野山宿泊を組み込むべく、宿を検索。思い立って、すぐに行動に移した旅行4日前の15日(火)に判明したこと。秋の大型連休・銀週間は、想像以上の旅行需要をもたらし、全く宿が空いていないという状況に陥っていることを。

頼りの楽天トラベルで、19日(土)に、高野山の寺院宿泊施設を一つだけ発見。選りすぐる余裕などなく、当初、20-22日で想定していた旅行日を、19-21日に切り替え、即座に予約。高野山が初日となると、立地関係、十分な時間を確保したいことから、必然熊野古道は2日目となる。となると、2日目の宿泊施設は、熊野古道に近い、新宮を中心に探そうと考え、再度検索。そしてここで、この旅行計画最大の難関が訪れる。

楽天トラベルを始め、あらゆる旅行サイトで、新宮どころか、和歌山県全域で宿の空きが一つもないことが発覚。高野山を押さえ、既に和歌山モードに入っているこの状況で、諦めるわけにはいかない。とまれ、これまで経験したことのない状況に、さてどうしたものかと次の手を考える。

翌日16日(水)に試したのは、楽天サイトの宿泊施設に片っ端から電話をかけるという、アナログ方式。そろそろキャンセル料が発生するタイミングで、風邪や仕事によるキャンセルが見込まれる。キャンセルが出た場合、サイトには更新によるタイムラグが生じる可能性があり、直接確認した方が確率が高いと判断。そして、帰宅後22時前からかけた電話は、20本に及ぶ。結果、新宮どころか、和歌山市内のビジネスホテルまで全く空きがなく、どこも19-21日は全て埋まっているとの回答。

2日目の観光コースを考えると、和歌山市内に宿をとることは、チェックイン23時を覚悟することになるけど、そこまで許容範囲を広げての行動も虚しく。そんな中、とある和歌山市内のビジネスホテルに電話したところで、目から鱗の情報を入手する。電話口で、申し訳なさそうに断るおばちゃんの口から続いて出たのは、「シングルなら空いてるんだけどね」というつぶやき。そうか、部屋数が多く、観光利用が少ないシングルなら、まだ余裕があるんだと発想の転換に一人感動。これなら焦って不便な宿をとることはないと余裕を持ち、翌日に宿決定を持ち越す。

結局、2日目宿を決めたのは、旅行2日前の17日(木)。楽天トラベルが、ネット予約のキャンセルをすぐに反映することが分かり、粘り強く待機。明日になれば、さらに希望に近い宿のキャンセルが出る可能性があるとの誘惑にかられながら、熊野古道から1時間半程度の距離にある串本町のホテルを予約。旅先では、評判の店で夕食をとり、宿は寝るだけビジネスホテルと決めているところだけど、今回は選択肢がなく、夕食付きの高級ホテルに。まあ、たまにはこんな旅行もいいかなと。





「行程検討」

宿も決まったところで、いよいよ行程の検討といきたいけど、既に旅行前日を迎えてしまい、大まかな行き先だけを抑えることに。和歌山市まで、どうやら車で4時間30分かかるという。噂される連休の渋滞を考慮し、出発時間は朝6時。順調に行けば、12時までには和歌山市内に到着するはずで、それなら、市内で昼食を取ろうと考える。基本渋滞見込みとは逆方向への移動で、そこまで混まないのではと楽観予測を持ちながら、状況によっては、高野山に直行することも視野に。

観光地での渋滞を考慮し、あまり予定を詰め込みすぎないことが、今回の特徴。2日目にできるだけ時間を取りたいから、高野山観光は1日目に終えることが前提となり、17時前の拝観時間等から、あまり遅く高野山に到着するわけにはいかないと予定を立てる。

2日目は、ガイドブックで熊野古道歩きに乗用車搬送サービスがあることを知り、これを旅行前日に予約。出発地までバスで戻る方法があるのかもしれないけど、古道はあくまで熊野本宮への道のりでありたいという思いと、苦しんだ道を十数分で戻るなんて虚しいことを避けたかったから。歩く距離で悩んだが、人間追い込まれてこそ見えるものがあるとの経験から、13km、6時間のコースを選択。高野山から熊野古道出発地まで2時間かかるというから、古道10時到着をとりあえずの目標とする。

2日目は、歩き時間を考えると、熊野本宮大社参拝も危ぶまれ、ホテル直行まで想定。順調に行き、3日目が熊野那智大社のみの観光となれば、和歌山市に移動し、和歌山城見学、織田信長を苦しめた雑賀孫一率いる雑賀党の拠点として知られる雑賀崎を訪ねることを視野に入れる。

大きくは、そんな予定。それまでほとんど認識がなかった和歌山県を、3,4日の内にネットやガイドブックにより研究し、それなり充実した行程が組めたことに、まずは満足。そして、あっという間に当日の朝を迎える。

近況報告(野球観戦&銀週間ミニ旅行)

とりあえず、近況報告でも。

先週日曜日の13日は、広島球場へ今年3度目の野球観戦に行く。去年は、市民球場最後の年に加え、クライマックスシリーズに向け3位争いに盛り上がっていたことから、2度の観戦。今年は、新球場ができたことから、両親や会社の友人と、機会を作り、観戦に出かけているもの。


新球場は、これまで観戦に訪れたことがある、横浜スタジアム、神宮球場、旧広島市民球場といった旧型球場はもとより、東京ドーム、ナゴヤドーム、福岡ドームといった新型ドーム球場と比べても、はるかに優る個性的な球場として、すっかりお気に入りとなっている。利便性と快適性は言うまでもないが、球場というこれまでの画一的な概念を覆す、客目線に立った個性を備えているところが、その大きな理由となっている。

まず、1階観客席の上に、球場内を1周回れる幅12mの大通路が設けられていることは、試合を内外野いろいろな角度から見れる楽しさを味わえ、また道幅の大きさが、買物等への移動にストレスを感じさせない、ゆとりを生んでいる。どこからでも観戦が可能な造りは、チケットの販売面では公平性の面から大きなリスクがあっただろうが、他球場に見られるコンクリートに囲まれた通路のような遮蔽物がないことは、開放感をもらたし、また移動中に試合が動いてもすぐに確認できる安心感を与えている。

電車から球場内を見れるように配慮し、結果的に収納人員を落とすことになっている奇妙な外観は、効果的には大きな疑問符が付くが、見た目のオリジナル性に大いに貢献し、当初想定したものと異なる役割を果たしている。

席数を犠牲にし、ゆとりある観戦を優先した席は、大リーグ球場並みという大きさを確保。限られたスペースに、できる限り椅子を敷き詰めた他球場と違い、なだらかな傾斜に置かれたゆったりとした椅子からの観戦は、試合だけでなく、そこにいる時間を楽しませるものとなっている。

席にも工夫を凝らし、グランドと同じ高さにある砂かぶり席、30人から収容し皆でバーベキューをしながら観戦ができるバーベキュー席、ソファで寝転びながら観戦するソファ席と、いろいろと。それぞれ、初めて観戦に来た人に、こんなへんてこな席があるんだと説明するに十分な個性があり、ライトポール際の外野席で観戦した際には、バーベキュー席からの煙で観戦どころではなかったという、体験エピソードも加えることができたりして。

食事も、いろいろな店があり、十分に満足できる。毎度メインは、広島名物「むさし」の弁当を食べることになるけど、観戦中のつまみ類を、大通路を回りながらいろいろ選べて、観戦の楽しみになっている。

そんな具合に、野球観戦と同じくらいに、球場見学がおもしろいから、初めての人は誘ってみたくなる。そして、広島にいるうちにと今回誘ったのは、奥さんの両親で、今年2回目の対巨人戦の観戦となったわけで。


9月半ばなら、クライマックスシリーズに向けて3位争いしていておもしろいのではと、7月初めにチケットを購入。休日巨人戦の上、年間指定席で販売数が限られる中、運よく1階のS指定席を入手。これまでは、2階スカイシート、1階外野席の利用で、一度内野席でと思っていたから、狙い通りの結果となる。

ただ一つこれまでと大きく違うのは、3塁側巨人応援席での観戦となること。今回は、奥さんご両親接待の身で、父親が巨人ファンとくれば、選択の余地もなく。野球は、どうせなら応援するチームの試合が見たいもの。いくら新球場見学が目的だとしても、やはり試合を楽しんでこそのことだから。


8月半ばには、3位ヤクルトと10ゲーム超離されたことから、既に厭戦ムードがただよい始め、9月の観戦設定は失敗だったなと思う中、突如始まったヤクルト大失墜により、9月10日には、3位ヤクルトに1.5ゲーム差と完全射程圏に収める。去年、最終版に力尽きた実績から、また無駄な期待に終わるんじゃないかと半信半疑の中、もしかしたら、もしかするぞと、そんな声も出始めたベストなタイミングでの試合観戦となる。

結果から言えば、巨人先発投手の高橋尚則を打ち崩せず、山口-クルーンと続く鉄壁リレーの前に手も足も出ず。スコアは、2-4と締まった内容だったけど、中盤以降に動きがなかったのは、ちょっと残念。7回以降、球場が一体となる必死の応援こそ広島の良さで、そのプレッシャーで逆転勝ちというのが、今年の勝ちパターンでもあり、ファンにとってのなによりの楽しみでもあるから。

広島応援4連勝中という記録は、今回はあくまで巨人を応援していたとの拡大解釈により、継続中に落ち着く。ちなみに今回は、3塁内野側巨人応援席でありながら、広島ユニフォームを着込んだ広島ファンも多く紛れ込み、微妙な雰囲気の中での応援合戦。3,4席前では、巨人ファンのいかつい親父が怒鳴り声を上げて喧嘩を始めたり、不穏な空気も流れつつ。

まあ、限られた席数からその状況は否定するものではなく、相手側応援席であることを十分認識し、お互い尊重しあって応援すればいいという姿勢。と言うわけで、目立たないように、終始広島の応援を楽しんでいたわけで。


・・・・・・
野球観戦後は、夕食を一緒に食べに行く。

お店探しの過程で、スペイン料理の名店「カサ・デ・フジモリ」が閉店したという事実を知り、大きなショックを受けつつ、気軽に利用できる手頃な洋食の店として、以前利用したイタリア料理屋「アクアセンチュリー」を選択する。

ちなみに、アクアセンチュリーは、去年の10月から「ALVERO(アルヴェロ)」に店名を変更。シェフやメインメニューは変わらず、相変わらず手頃においしいイタリア料理を食べさせてくれて、満足いく時間を過ごす。

塩分がしっかり効いたところはあるけど、それで旨みを引き出すのがここの料理で、こってり感やくどさをまったく感じさせずに広がる旨みに、食が進み。コースもあるけど、数人で利用し、アラカルトでいろいろ頼むのが、ここのおすすめ利用法。その際は、ここの人気メニュー・グラタンスープの注文を忘れないようにして。


・・・・・・
さて、そんな感じで、9月2周目の週末を終える。翌週は、いよいよ銀週間と銘打たれた大型連休。銀より、白金としたいが、既に手遅れのようで、ここは世間の流れに合わせることに。

どうにも家でおとなしく休みを過ごすタイプじゃないようで、何かをしていないと落ち着かない。9月最初の休みに日帰り讃岐うどん巡りをしたことなども忘れ、もちろん遠出を検討する。候補地を決めたのは、前週の12日のこと。そして、宿を確保したのは、出発前々日の17日(木)。楽天トラベルサイト内の候補地県内の宿が全て予約で埋まっていると言う、これまでの経験では考えられない事態に直面し、おおいにうろたえるも、なんとか対処策を見出して。

日程は、19日(土)~21日(月)。つまりは、昨日帰ってきたという話だけど、また機会を見て報告することとして。内容は、和歌山県を初訪問。ちょっと精神修行に励もうと、1日目:真言密教の聖地・高野山の寺に一泊、2日目:熊野古道を歩き、熊野本宮大社参拝、3日目:熊野那智大社、熊野速玉大社参拝と、世界遺産を巡る旅を組む。高野山では、朝からお勤めに参加したり、熊野古道では、急勾配の山道を5時間かけて歩いたりと、ちょっと自分を追い込んでみたところ。

結局、一番の修行は、三重県との県境にある和歌山県最東の町・新宮町から、10時間かけて車で帰ってきたことだったりするけど。基本、混雑と逆方向に行く旅だから、渋滞はほとんどないだろうと見ていたけど、和歌山-大阪間で大渋滞に巻き込まれて。

走行距離、1333km。基本、車旅行を好まない方だったけど、高速千円の恩恵にどっぷりと浸かり、国内観光を楽しんでいるところで。
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Author:hiro

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