COUNT-   T-  Y-

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

末田・堀越 春の壺まつり

山口県防府市の東方、海水浴場で知られる富海の手前にあるのが末田・堀越地区。100m程しか離れていない地区ながら、それぞれに焼物の歴史を持ち、末田焼き、堀越焼きと別々の呼び名で呼ばれている。

堀越焼きとは、江戸時代中期に、陶器に適する土質を着目した防府市佐野の焼物師が登窯を新築し、創業したのが始まり。明治初期には19人の焼物師がおり、水がめや蛸壺、植木鉢を主製品に西日本各地に販売。特に堀越・末田の蛸壺は有名で、蛸漁の盛んだった山口県において、ここの蛸壺じゃなければだめだと指名買いを得るほどに隆盛を極めたよう。ちなみに今は、プラスチック製に取って代わられ、陶器の蛸壺が使われることはほとんどなくなっている。

一方末田焼きは、奈良時代に窯業の盛んな地だったようだが、現在の窯のルーツは明治の中頃、土管製造を主製品に、中・四国・九州に販売。こちらも、昭和40年代以降土管の利用衰退と共に、新しい焼物を生産しようとする流れが生まれ、生活雑器の生産に切り替えられている。


さて、そんな末田・堀越地区での春の壺まつりが、この週末25、26日に開催されたから参加。10年前に一度祖母に付き合い行ったことがある、懐かしのまつりに顔を出す。

壺まつり地区界隈は、普段車での通過点に過ぎず、人気を感じることも少ないないが、さすがに十数年と続くまつりだけあって、駐車場に入るところから少々待たされる、なかなかの盛況振り。2日間で千人近くは来場があったのではと、勝手な予測をしながら。

訪ねた25日(日)は、天候にも恵まれ、海を前にした田舎町の景色はなかなかよし。レンガ積みの登窯跡も、なかなかの見もの。広場を埋める販売所の数々に、焼物市に来たことを実感する。

壺まつり 登窯
左:海に面した末田地区がよく分かる、道路から見下ろす会場。道路上、道路下、海側と3つの会場からなる。
右:今は使用されていない登窯跡。天空の城・ラピュタを髣髴とさせる風化具合に引き付けられる。



末田窯の一つ真山窯。蛸壺の他、日常雑器もこの窯で焼いている。蛸壺は、素焼きと釉薬付が並び、一つ800円から。最近は、庭用の花壇や置物として利用が多いという。

真山窯 蛸壺
左:真山窯。右:高く積まれた素焼きの蛸壺。



真山窯のすぐ隣には、プレハブ仕立ての販売所が用意され、コーヒーカップや花瓶、お皿などさまざまな雑器が並ぶ。末田焼の特徴は、鉄分の多い土に、飴釉、白釉、白泥を用いていることにあり、素朴な焼物が多い。ある意味どこにでもありそうな、どこかやぼったさを感じるところがあるが、そこに作者のセンスが加わると、不思議にやさしさと心落ち着く雰囲気をまとうから、おもしろい。そしてこの窯は、そのセンスを加え、末田焼を一つのブランドに引き上げているから、お気に入り。

真山窯   餅つき
左:今回購入のコーヒーカップ。色違いのカップと合わせて2つほど。今回の引越で来客用コーヒーカップがないことが判明し、ちょうどいいと。カップ皿とセットで一つ2千円のところ、陶器マドラーを付け、2つで3600円にまけてもらう。(ちなみに、真山窯販売所は、普段も窯で焼いた作品を販売している。)
右:まつりということで、広場では餅つきイベントが開催。なんか小さな頃に写真で見た風景のような・・・。



そんなわけで、2時間ほど焼物まつりを堪能。いろいろ言いたいことはあるが、小さな地区の焼物まつりに、これだけの人達が集まるようになったことを思えば、大成功と言えよう。実は、こんなに身近に地元の焼物があると知られるだけでも、効果は大きい。こうした思い出が、またこのまつりに足を運ぼうと思わせ、普段から末田焼のお皿を買おうかと思わせるから。

いろいろ言いたいことの一つは、同じ広場で、グラスアートやアクセサリーの店を並べるのはまだしも、県内・県外他所の焼物を販売することは、どうかと思う。出店数を増やし盛り上げたいのは分かるが、何の表示もないのでは、末田焼と思い、別の焼物を買って帰った人もいるだろう。備前焼など分かりやすいのは判別がつくが、風合いが似ているからとよく聞いてみたら、土は信楽のものを使っていますと軽く返されたりする。せっかくなら末田・堀越焼を買いたいというのが、ここに来る人達の思いでは。

まあ、なんにせよ、この焼物がここまで知名度が上がってきたのは、ただただ嬉しい限り。地元の伝統工芸として、頑張ってほしいところで。
スポンサーサイト

ストレスフリーを目指して

さて、今年のゴールデンウイークはどうしたものかと考える。広島生活2年間で動き回ったから、少しおとなしくしていようかとも思うし、動ける機会を大事にしたいとも思う。

考えている範囲は、遠くても大分県まで。滝廉太郎作曲「荒城の月」のモデルと言われる岡城址(大分県竹田市)の壮観な景色に対する高い評価を聞き、今のところの第一候補。どこを選ぶにしろ、今回は歴史背景より、景色のいい場所が優先。根底には、とんと出番の少ない一眼レフカメラを活かして、日本10景ページを充実させたいという思いがあって。

熊本県との県境に近づく大分県竹田市まで来れば、山の景色も楽しめる。周りは九重連山。標高約1800mの久住山に登るまでいかなくても、連なる山々のすばらしい景色が待ち受けてそう。久住山山頂までは、3時間弱で登れるらしい。昨秋の熊野古道5時間歩きを自信に、山登りをメインにするのもありかと、イメージは膨らむばかりで。

まあ、未だ踏ん切りがつかない時点で、結局県内食事所訪問で収まる可能性が大きいかな。2月の記念日を基準に、毎年一度は訪ねるつもりの披露宴会場・日和庵(下関市)に、今年はまだ行けてなくて。2月に一度検討したけど、広島最後のどたばた時期と重なり、山口に帰ってからと後回しにしたもの。あまり時期が遅くなると、もう来なくなったよと思われかねないしな・・・。

遠出と食事の両方は、さすがに予算オーバー。これから夏までゆっくり時間をとれそうにないし、連休をどう活かそうかと悩ましいところで。


・・・・・
最近最も意識するのは、ストレスフリーな生活。やっぱり、人間ストレスが最も悪いと、そんな結論に行き着いたから。

特に何をするわけでもないけど、休日なりプライベートな時間を、疲れを取るためではなく、ストレスを解消することを意識して過ごそうというもの。つまりは、少し運動して刺激を与えることや、肉体的に疲れてもどこか違う地を訪ねて脳をリフレッシュすること、何もせずぼーと過ごし脳を休めることなどを、今の状態に合わせて意識して行っていくというもの。

何もストレスかかる社会生活から逃げて生きていこうというものではなく、そこでかかるストレスをどう解消するかがここでのポイント。


特に今は、新しい仕事への緊張感が強く、仕事のことを考えて休日まで熟睡できない始末。今の仕事は、まさに自分がこの会社でやりたかった分野で、楽しく充実しているけど、ボリュームの大きさに加え期限ものへの対応が多く、残業+休日出勤でなんとかまかなっている状況だから、この状態がこれからも続けば、少々辛いことになる。

力を抜いて、楽しく仕事をするがモットーだけど、楽しむためにはさっさと相応に自分のレベルを上げないといけないから、まあ最初は仕方がないところではあるんだが。

となると、いかに帰宅後の数時間と休日をリラックスして過ごせるか。無理して何かをするんじゃなくて、その時々の状態に合わせて、何をするかを意識して選んでいきたいなと。


少々話は変わるが、ストレスが原因の病気は多く、人間の生死に大きな影響を与えるという。ただ、田舎暮らしだと自然に囲まれストレスが少ないから長生きするかといえば、そうじゃないからおもしろい。人間には適度な刺激も大事で、喧騒に包まれた都会暮らしの方が長生きするという。

少々遠回りをしたが、実はここで言いたかったのはこのこと。都会人が持つ田舎礼賛の風潮に一石を投じるこの事実は、なかなか興味深い。山々に囲まれ自然の中にいるから、自家製無農薬野菜を食べたから、排気ガスを吸わずきれいな空気を吸ったから、人間の体にいいわけじゃない。

じゃあ、人口減で悩む田舎は何を売りに、都会の人に定住を促すのか。よく分からない精神的なメリットじゃなく、目の前の充実した生活を売りにしなければいけないのではないか。もしかしたら人生は短くなるかもしれませんが(もちろんこれは言わない)、毎日がこんなに楽しいですよというものを。

ゆったりとした田舎のリズムは、年配者が日々を送るにはちょうどいいし、土をいじり季節の収穫を楽しむ農作業と共に過ごすことは、日本人の本能を刺激する楽しさを秘めている。無策なイメージ頼みはやめ、よそ者を受け入れる土壌作り等余計なストレスをなくすことはもちろん、移住者同士の積極的な交流会や地域ぐるみのイベントを始め、適度な刺激を与える仕組みを作るなど、具体的な提案をしていかないといけないなと思ったもので。

お久しぶりです。

この4月から、再び山口生活がスタート。4月5日に引越を終え、ようやく落ち着いて生活できるようになり、本日ついにインターネット接続が完了する。これで、再びホームページの更新ができる状態となる。

密かに期待していた人気投票は、6票のままで動かず。せっかくこのページを見つけられたなら、一度投票してみてくださいな。(複数投票可です。)


最後の日記は、新職場への不安と共に少々マイナス的なことを書いたけど、30日にこの度転勤となる仲間達とお別れ会をし、かなり前向きな方向で一致し、気持ち新たに広島を後にする。簡単に言えば、この先お互いどういうポジションに行くか分からないけど、広島で一緒に働いた仲間として、上を目指して頑張っていこうというもの。出世というより、現状に甘んじず、自己研鑽に努め、少しでも前に成長していこうという誓い。とかく、目の前の仕事さえしていればいい、あわよくば楽をしたいという人達が多い中、そんな仲間がいることが、心底うれしい。

そんな仲間達と、お互いそれなりのポジションで、またいつか一緒に仕事がしたいと思う。それまでに、自分も胸を張って成長した姿を見せられるよう、仕事を通じ努力していきたいと思う。

広島で学んだことは非常に多く、単なる人脈だけでなく、考え方、仕事の仕方も、多くの刺激を受けた。全く周りの人を知らない中で人間関係を作り上げたことは、今でも自分の自身になっている。2年振りに山口に帰ってきて最初の印象が、この町は死んでいるんじゃないのか、ということ。人の少なさ、変わらない町並み、刺激のない世界。躍動感に欠ける町に寂しさを感じる。刺激のある世界を体験したからこそ見えるものもある。この町を、この県をどうしていくか、ボーダレスの精神で、これから考えていきたいと思っている。


この4月からの新しい仕事を言えば、とにかく分からないことだらけで、勉強の日々。まず、全容が見えないと自分の色が出せないから、とにかく今は仕事の底まで押さえていこうと、時間をかけて研究しているところが多い。おかげで、日々23時前に帰宅という生活で、少々疲れ気味のところもあるのだけど。

内容としては、営業の最前線というポジションなので、まずは情報収集が命。いろいろな会社を回り、トップの話を聞くのはおもしろく、最近印象に残った言葉は、成長産業の社長さんにいう、社員教育論。人間の能力は、生まれたときには変わりない。違いが出るのは、物事に好奇心なり興味を持って積極的に取り組めるか。そして、それを持続し続けられるかどうかの2点。その積み重ねが、成長につながるという。

とかくできる人が周りにいると、自分の能力の限界を感じてしまうけど、好奇心を持ち何事も諦めず粘り強くという点なら勝負もできる。自分の生きる道を再認識させられた言葉だったもので。


さて、そろそろ最後。この2年間の広島生活を通じ、仲良くなった多くの方に通称hiro本を配布。このホームページの山口10景、日記、国内旅日記、津波被災記等をまとめた300Pに及ぶ渾身の一冊。おかげで、多くの方にこのページの存在がばれつつある状況にあり、しばらくは日記で好きなことを書くのも控えようと思う。広島食事所等帰り間際に多くの店に訪れたところがあるので、しばらくはホームページメインの作成に勤しもうかと考えているところで。
プロフィール

Author:hiro

カレンダー
03 | 2010/04 | 05
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -
最新記事
カテゴリ
月別アーカイブ
最新コメント
RSSリンクの表示
リンク
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。