COUNT-   T-  Y-

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

一の坂川ほたる祭り

5月29日(土)は、一の坂川ほたる祭りに参加。山口市の中心地でもある一の坂川界隈は、室町時代に西の京として栄華を誇った大内氏の館跡に位置し、一の坂川を京の鴨川に見立てて街割りしたという歴史を持つ。

今も当時の面影を感じさせる雰囲気を持ち、その川べりの小道は、春の桜を始め、季節ごとに違った顔を見せる散策道となっている。

そんな一の坂川は、源氏蛍の群生地としても知られ、ホタルの季節であるこの時期に行われたのが、ほたる祭りというわけ。

辺りは光を落とし暗闇となり、小道を行きかう人々にぶつからないようイベント広場の方へ。まずは、腹ごしらえでもと、一の坂側沿いの焼鳥屋「ちょうさん」へ向かうが、想像以上のまつりへの人出から予感した通り、満席。屋台の食事を楽しみに出かける年頃でもないため、この界隈でどこかお店をと検討し、お気に入りのイタリア料理屋「小瓶」へ。

ここも人が多いだろうなと入るも、お客はゼロ。確かに、知らなきゃ入りにくい店だし、まつりに来ている人達も、中高生や家族連れが中心と、客層が違うところはあるけど、小瓶のような落ち着ける店で、ゆったりと過ごしたいという人達もいるはず。入口に料理のメニュー看板をおけば、お客さんも立ち寄るだろうにとついつい店員さんに言ってしまったのは、いつまでもあってほしい店として、この多くの人達が訪れる機会を活かさないことが、ただただもったいないと思うがゆえ。

そんな小瓶の紹介は、ホームページの方で見ていただくとして、今回は簡単に。

やはり何よりこの店のいいところは、その雰囲気。数年振りの来店だけど、そうそうこの落ち着く感じと、最初の一歩で別世界へと誘ってくれる、ここ独特の空気感を思い出す。

小瓶5   小瓶4
カウンターバーと、奥にテーブル席が配置された、小瓶。この重厚な雰囲気を持つ店は、県内広しと言えどもなかなかない。



料理は、黒板メニューから。たことブロッコリーのガーリックバター(800円)、海の幸のスパゲティ(1300円)、4種のチーズピッツァ(1400円)の3品。本格イタリア料理屋と比較する気はさらさらないが、ダイニングバーレベルとしては、十二分。特に、この店の料理を楽しもうと思えば、前菜を数品と、パスタをメインに考えるといいだろう。クリスピータイプのピッツァもおいしいが、個人的には、ついついもっちり生地の石窯焼きナポリピッツァと比較し、ちょっと物足りなさを感じてしまうところがあって。

小瓶2 小瓶3 小瓶1
左から順に、たことブロッコリーのガーリックバター、4種のチーズピッツァ、海の幸のスパゲティ。



さて、本日のメインは、蛍狩り。20年前は、まさに乱舞の様相を見せていたと記憶しているが、環境も変わってきたためか、ほんとに寂しい限り。確か、まつり前に養殖ホタルを川沿いに放すんじゃ、といった根拠も怪しき噂話は置いておいて、これがもはやホタル群生地だとは名乗れないなと感想を持つ。

ホタルを追うなら、下関市豊田町まで行ってみてはと観光案内をしつつも、ホタルを合わせた風情ある景色で言えば、ここ一の坂も捨てたものじゃない。暗闇の中、生い茂る草むらから現れるほのかな光。いつまでも眺めていたくなる景色が、そこには広がる。

一の坂川ホタル2
流れる川の上を飛び回るホタルと、草むらの中で光を灯すホタル。さすがにこの暗さでは、分からないかな。



一の坂川ホタル1
この日は、満月。煌々と暗闇を照らす月明かりが、その存在感を一層際立たせる。ほのかに覆う薄雲が、神秘的な雰囲気をかもし出し、数百年前の大内文化華やかりし頃の初夏の月見を想像させ、ホタルと共に一の坂の景色を引き立てる。



ゆっくり食事をしたためか、いつの間にか祭りも落ち着き、人波が閑散としてきたのもよかったこと。山口の街中で感じられる自然美を楽しみに、また来年出かけてみようと思ったところで。
スポンサーサイト

近況

さて、山口に帰ってきて2ヶ月が経過。相変わらず残業の日々で、平均23時前後帰宅だから、ホームページを更新する余裕もなし。もう少し仕事を効率的にこなさねばという思いはあるが、「常に仕事は全力で」というモットーの下、慣れにより生まれた余白に、新たな取り組みを押し込んでいるから、いつまでたってもゆとりが生まれない。

とはいえ、今の仕事内容こそ、この会社に入り、自分のやりたかった分野に近く、とにかく仕事が楽しくて仕方がない。与えられた仕事をこなすだけなら、要領よく勤務時間内に終わるだろうが、勤続10年目にしてようやくたどり着いたこの仕事を、そんなことで終わらせるなんて、もったいない。

仕事をすればするほど、こうした方がいい、こういうプランでいってみては、とこれまで溜め込んだ情報や知識と反応し、次々にアイディアが浮かんでくるから、それを具体化しようと余計な時間がかかっているというところ。

「仕事は楽しくなくちゃ意味がない」もモットーの一つだが、楽しくするかどうかは、自分次第。自分のアイディアを詰め込んで、上司に提案し、自分主体で仕事を回す。これやれ、なんて指示されるだけじゃおもしろいはずがなく、そこは押さえて既にこういう考えて動いてます、と数手先を読んで逆提案の隠し玉は、常に用意しておきたい。

そんなことをあれこれしようと考えていると、あっという間に時間が経ち、今週も土曜に出て、溜まった仕事を調整しようかなとなってしまうんだけど。

いつまでも今の仕事をするなら、もう少し肩の力を抜いてとなるだろうけど、これも2~3年の間となると、それこそ時間との戦い。希望していたここにたどり着いたのも、広島に追い出された論功行賞的な意味合いが強く、それこそ時間外ばかりしている現状から、勤務時間内に仕事をこなせない不適格者と見なされる可能性が高く、二度と戻ってこれない気がする。それなら、何を言われようが、今を楽しまなくてどうすると。

仕事人間でもなければ、むしろプライベートを充実させたい方なんだけど、そんな事情から、しばらく仕事中心の生活を送ることになっているところで。




やはり、2年間という限定に加え、いろいろ見所、食事所が多かったことから、広島生活はつくづく充実していたと実感するこの頃。山口に帰ってきて、完全に目標を失った浮遊物状態。

比較をしてはいけないと思いながら、広島なら、あのお好み焼きを、あのピッツァを、まだ訪ねていないあのお店をと、次々頭に浮かぶ魅力ある店が多いが、山口はどうにもそれがなく、今日の昼はここでいいか、むしろそこならわざわざ外食しなくてもという、消極的な発想に陥る状況に。

2年振りに踏んだ山口の町の、人の往来がなく、血の気を感じさせない活力のなさに、この町は死んでいるんじゃないかと寂しさを覚えたのは、2ヶ月前のこと。いつの間にか慣れ、それが当たり前に受け入れられることになるのだろうけど、この現状がベストではないという危機感は忘れずにいたいところで。


刺激がない日々もおもしろくないから、何か目標でも見つけようかと始めたのが、住宅研究。山口市内の住宅展示場・サエラを訪ねてみたり、積水ハウスの中四国・九州地方の製造拠点・夢工場 山口のイベントに参加したりと。

そう、積水ハウスは、山口県に製造拠点を置く、とっても大事にしなければいけない企業。人情に厚いのが山口県の良さで、山口県防府工場を拠点とするマツダの自家用車比率が高いように、山口県における積水ハウス建築比率も高いらしい。

夢工場では、積水の先端技術を余すことなく見ることができ、せっかく身近にあるから、一度訪ねてみるのもいいだろう。飲料、食事が無料で、完全冷やかしじゃ気が引けるのが、少々難点だけど。

最近の技術は優れたもので、木造建築のシャーウッド工法をベースに見学し、耐震性や高気密・高断熱といったこれまでの木造住宅の欠点を補い余りある先端技術に感心。筋交い工法とパネル工法のそれぞれの良さを取り入れる革新的な手法に、大手メーカーの強みを感じる。

断熱性を高める二重ガラスや防犯への取り組み、湿気を逃す空気の流れ、光触媒を利用し雨水で外壁に付着した汚れを落とす仕組み等、理にかなった造りに納得するところが多く。


夢工場には、積水の工場見学と、建築技術研究で訪ねたところがあり、積水ハウスが候補と言うわけじゃないが、なかなかいい勉強になったというわけで。

気持ちとしては、住友林業の重厚な造り、間取りのセンスと無垢床の気持ち良さが忘れられないが、どちらにしろ家と言うものは、あまりに高い。ちょっと夕食に、1万円のフランス料理を食べるのとはわけが違う、贅沢さ。住めさえすればで、中途半端な家を持つ気はないし、はたまた定年後も借金を背負うつもりはないしで、線引きが難しいところ。値段の高さは大手ハウスメーカーゆえということもあり、信頼できる地元優良工務店を見つけ、間取りと材料のこちらから提案をした方がいいのではという気持ちにも。

そもそも、実家があるわけだし、いつかのリホームを夢見、当面立地に優れたアパート生活を続けてもいいのではとないかと思えてくる始末。まあ、いろいろ考えているのが楽しいところがあり、まだまだ先の長い検討になりそうで。

新たなお店の楽しみ方

広島食事所に投票いただいた方にコメントを返したとおり、広島でのレベルの高いグルメ生活に満足し、もう一つ山口での食べ歩きに力が入らないこの頃。広島生活のように期間の限定がないことや、メジャー所は押さえたという思いが、モチベーションの低下につながっているところ。

新職場では、週に2,3回と出張の多い日々も、ゆっくりランチを食べる時間の余裕もなく、これまで外食となれば必ず携帯していたカメラを、すっかり持ち歩かなくなって久しい。わざわざ紹介するほどの店に行くことはないだろうという思いからだけど、そんな思いを先日反省したから、ちょっと紹介。


宇部市への出張ついでに、昼を食べようと選んだのは、宇部港近くにある鉄板焼の店「CAPTAIN」。利用したのは、4年前。外観とは裏腹に、磨き上げられた木造りの内装の雰囲気がよく、ランチが千円程度と手頃な値段で、魚料理のおいしさに好印象というのが、これまでの評価。

この店なら、安心して勧められると、一緒に出張に行った方を案内するも、ここで過ぎた時間の重みを実感させられる。

千円程度のはずのランチは、1890円と大幅値上げ。もちろんミニコース仕立てとなり、内容もレベルアップしているけど、気軽にランチと思い案内したため、ただただ申し訳ないと。個人的には、ミニコースランチならこのぐらいすることもあるかと受け入れられるが、世間一般には平日昼からこの値段を出すことはありえないだろうから。

今回は、なかなかグルメな方だったから、理解があって安心したけど、過去の情報を当てにする怖さを実感。新規開拓だけにこだわらず、情報更新を意識して、県内食事所を回ってみようかなと思ったもので。


さて、キャプテンのランチは、期待通りのおいしさで、大満足。

ランチコースAは、前菜とサラダのワンプレートから始まり、前菜は5種から選べるもの。選んだ、長州地鶏のレバームーステリーヌは、テリーヌでまとめられたレバーのこくのあるおいしさがなんともいえない。変にクセがないことに、鮮度のよさを感じながら、感心しながら楽しむ。

本日のスープは、クレソンのポタージュ。本日のスープは、入荷したての季節の野菜類をシェフの感性でポタージュにするというもので、何のスープか当ててくださいと出されたものの、さっぱり見当が付かず。ほっとするような、優しいスープを味わう。

メインは、魚料理5種、肉料理4種の中から一つを選ぶもので、目鯛のポワレを選択。ここの魚料理がおいしいのは、それを引き立てるソースのレベルが高いから。決して表に出すぎず、控えめな味わいながら、素材を引き立てるソースのバランスはさすが。ただ、今回一番驚いたのは、目鯛への火の入れ加減だったりする。ほんわかと柔らかな食感に仕上げ、魚の旨みを引き出すミディアムレアな焼き加減に、ただただ感心したもので。

食後は、デザートと中国茶で、所要1時間弱。シェフと2人でやっている店だから、通常1時間30分は見てくださいといわれる中、お願いして早めてもらったものだけど、テンポよく出てきた料理を味わう内、あっという間に時間が過ぎる。

これは、平日仕事ついでに寄るには、なんとももったいないお店と、大きく反省。ゆっくりと休日にランチ、もしくは一度ディナーに訪ねてみたい。席数が少ないから、予約、もしくは事前確認は必須だろう。シェフは、フランス料理出身というだけあり、鉄板料理といいながら、十分レベルの高い料理を楽しめる。宇部港近くの閑散とした一帯にあり、初めて行くなら、事前に場所を研究しておきたい。

しばらく経って訪ねてみると、またその店への印象も変わる。宇部の隠れ家として貴重なお店と、再認識したところで。

日和庵ディナー&大分プチ旅行(2日目)

2日目 大分プチ旅行

「福沢諭吉旧居」

小倉駅前のビジネスホテルは、2人で1泊5800円という格安プランを選んだから、もちろん朝食はなし。朝起きてからも、しばし今日の行程を検討し、ついに決断。片道4時間超の竹田市岡城址まで行けないことはないが、そこまで無理をしても仕方がないと結論、大分県北部の中津を経由し、中部の日田を目指すプランで行動を開始する。

中津市中心地までは、小倉から車で1時間ほど。ひたすら南下し、北九州空港、自動車関連工場集積団地とここ数年開発された平野部を通り抜ける。

大分県中津市を簡単に紹介すると、位置は大分県の西北端、北西は福岡県に接し、北東は周防灘に面する。中心地となる中津市役所は、中津市の北東、周防灘側となる。中津市の名所としては、頼山陽にして「耶馬溪山天下無」と詠んだ、中津市中部にある奇岩秀峰の景観地・耶馬溪が知られている。

今回中津を選んだ理由は、明治の思想家・福沢諭吉の旧居を訪ねたかったから。福沢諭吉は中津藩の出身で、大阪にあった緒方洪庵の私塾「適塾」で蘭学を、後に英学を学び、幕府使節随行等により3度渡欧米を経験、明治の啓蒙思想家、教育者として名をはせたことは周知のとおり。幕末に多くの人物を輩出した適塾では、塾頭を務めている。

維新後、薩長藩閥と対立し政府には出仕していないが、政府と距離を置いた人物を支援するなど政治への影響力は大きかったよう。それでも、やはり知られているのは教育者としての一面。維新後の大ベストセラー「学問のすすめ」を著し、幕末開校し維新後多くの教育者を輩出した慶応義塾を創設している。

その精神は、独立自尊。「心身の独立を全うし、自らその身を尊重して、人たるの品位を辱めざるもの、之を独立自尊の人と云ふ」という精神が、西洋文化に飲み込まれ、自信を失いかけた日本人に響いたことは、容易に想像できる。

学問のすすめについては、言うまでもない。「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず」と言う最初の言葉のみをとらえて平等主義の格言のように扱われているが、もちろんそんな主義は持ち合わせていない。簡単に書けば、世間の上下は、勉強するかしないかによる。貴人、富人となるには、自ら勉強せよということ。

元々学校の開校に合わせて友人のために書いたものというから、そうみると分かりやすい。ただ、維新後大ベストセラーになるまで読まれたのは、学問こそが、西洋に追いき、追い越せる手段だと多くの共感を得たからだろう。同時期のもう一つのベストセラーが、スマイルズの自助論。「天は自ら助くる者を助く」で知られるこの本も、自分の努力を求めるもの。人生は与えられるものではなく、自らつかみとるもの。今の時代には忘れられかけている、この時代に生きる人達の覚悟が伝わってくる。

参考に、「学問のすすめ」冒頭の意訳を。
「天は人の上に人を造らず、人の下に人を人を造らずといわれている。人は生まれながらに貴賎上下の差別はないのに、なぜ世間には、賢人、愚人、金持ち、身分高低の差があるのか。それは明らかなこと。賢人、愚人の違いは、学ぶと学ばざるの違い。学問を勤めて物事を良く知るものは貴人、富人となり、無学なるものは貧人、下人となる。」


さて、長々と福沢諭吉について書いてみたが、要はそんな偉人が生きた地に立ち、その環境に触れてみたかったということ。現在母屋と勉学に励んだ土蔵が残っており、隣接する記念館には様々な資料が展示される。記念館には年譜があり、その生き方やその思想に至る過程を知ることができ、おもしろい。実はそこまで具体に知っているわけではなかった福沢諭吉という人物のことが分かり、じっくりと楽しむ。

表舞台で活躍した人物ではないから、見栄えのある資料は少ないが、その残した痕跡は、脈々とその思想を受け継ぐ人そのものにあり、そういう意味では、どんな形あるものよりも大きな影響を残したということで、そういう生き方もあるんだなと感心して。

福沢諭吉旧宅
福沢諭吉旧宅。中津藩下級武士のため、質素だがそれなりしっかりとした造り。右に見えるは、諭吉が勉強に励んだ土蔵。





「中津城」

福沢諭吉旧居訪問後は、すぐ近くの中津城を訪ねる。中津城の始まり、豊臣秀吉から豊前6郡を拝領した黒田如水(官兵衛)が築城したのが始まり。周防灘に臨む山国川河口の地に築城された平城で、堀に海水を引き込むことから水城とも見られており、今治城、高松城と並ぶ日本三大水城の一つに数えられる。

築城3年後には、関が原の戦いの戦功で筑前(福岡県)52万石に加増されており、築城は一度中断されている。元々天守閣のない城で、現在の天守閣は、観光目的で戦後造られた模擬天守となり特に見るべきものでもないが、5階層から中津の町並みを一望できることに大きな意味がある。

近畿、中国への交通の要所・周防灘を目の前に、広大な平野が広がる中津という地を選ぶと共に、その要に川幅の広い山国川という自然の要害を活かした城を据えたことにこそ、町の発展可能性を見越すと共に、外には全国規模の戦いに備え、内には強敵から守り抜く構えをとる絶妙なバランスを感じ、商業の発展と戦の強さが天下を制したこの時代を生き抜いた黒田官兵衛の意思を感じる。現存する城の一部には官兵衛築城の石垣を見ることができ、黒田官兵衛を追いかけ姫路を歩き回った者として、思わぬところで出会えた官兵衛の一端がただただ嬉しく、楽しんだわけで。


ちなみに中津は、福沢諭吉のまたいとこにあたる益田宗太郎が中津隊を立ち上げ、西南戦争に参戦しており、そういう風土を見ておきたくて訪ねたところもある。環境が人を作るという面は否定できず、そこには生活の苦しさや何か思想を生み出す土地柄があるのかと思っていたが、この地を歩く限り豊かさを感じる土地だから、智謀に優れた益田なにがしを中心とした、幕末から引き継ぐ攘夷思想による反政府という、国粋的な思想を背景とした参戦に過ぎないだろうと結論付ける。なお、益田は、維新直後に福沢暗殺をもくろむなど、思想的には大きな隔たりがあったよう。

中津城1   中津城2
左:中津城の堀と天守閣。天守閣は、戦後萩城を模して造られたもの。
右:右側が黒田官兵衛築城の石垣。左側は、関が原後に転封した細川氏増築の石垣で、官兵衛築城と比べ石組みが粗く、堅牢を求めた戦中の築城との違いが現れている。


中津城3中津城4中津城5
中津城天守閣からの景色。西に山国川、北に周防灘、東に平野が広がる。
豊臣秀吉の九州征伐の軍功により官兵衛が豊前に入った直後は、地元豪族の抵抗が激しく、平定まで激しい戦を続けている。戦乱が続く中、領土を守るためにこの地を選んだ官兵衛の視点で見ると、違う景色が見えてくる。





「割烹 やまだ」

中津城を見終わったところで、時間は12時を回る。お昼を日田でという思いもあったけど、交通状況が読めないから、中津で昼を食べることに。

今回訪ねたのは、中津城下町に位置し、福沢諭吉旧宅からも程近い、「割烹 やまだ」。江戸初期(1673年)創業という老舗で、うなぎと日本料理の店となる。福沢諭吉もよくうなぎを食べに出入りしていたという。その伝統と、単純にうなぎが食べたい思いから訪問。日田でも、日田まぶしというひつまぶしもどきの料理が名物のように、宮崎、鹿児島とうなぎの産地に近い大分県は、うなぎ料理が盛んな印象を受けるところ。

薄暗く、少々人の気配を感じない店内と、家族経営的な雰囲気に、割烹という肩書きは少々重すぎまいかと思うも、案内された部屋は広々とした中に格があって、なかなかよし。うなぎ料理は、うなぎ蒲焼(1500円)、うな丼(1500円)、うな重(2000円)、セイロ蒸(2000円)の他、う巻き(500円)、うざく(600円)、肝吸い(400円)があり、蒲焼や肝吸いなどが付くうなぎ定食が2800円となる。小鉢も付く定食と悩むも、やはり王道のうな重と肝吸いを注文する。

重箱に入れられて出てきたうな重は、一段目にタレに浸かった大きなうなぎが3枚、二段目にタレのかけられたご飯が盛られ、その品の良さに伝統を感じる。

背開きで焼いたうなぎを一昼夜寝かせ、注文が入ってからもう一度焼くという独特の方法で、ふんわりと蒸したうなぎとは違う、しっかりとうなぎのおいしさを味わえる。身の厚さは驚くほどで、それでも適度に脂が落ちているから、意外とすんなり食べられる。創業当初から受け継ぐタレも、また絶妙。濃すぎず、すんなりと体に入ってき、ボリュームのあるうなぎを引き立てる。

別箱でうなぎがタレに浸かり続けているから、吸い込み過ぎないように、適当にご飯に移動させた方がいいだろう。ご飯の量も多く、他の料理がなくても、これだけで満足できる。ただ、大きなうな肝が入る肝吸いは、本当においしかった。これはぜひ付けることをおすすめしたい。

うなぎ1   うなぎ2
創業300年を超えるうなぎ料理の老舗「割烹やまだ」。うな重と肝吸いを注文。





「日田散策」

昼食をのんびり食べて13時30分過ぎに日田に向けて出発。中津から日田までは、約50kmの道のり。思った以上に近く、ちょうど1時間で、日田の中心地に到着する。

大分県日田市とは、大分県北西部の山中に位置し、西を福岡県、南を熊本県に隣接する。地形は、周囲を山に囲まれた盆地になり、多くの川が流れ込むことから水郷としての一面も持つ。産業としては、日田杉として知られる林業が昔から盛ん。これは、山間部の降水量の多さが、杉や桧の生育に効果的という側面があるからのよう。日田を流れる川は筑後川に合流し、福岡県など都市への物流拠点となっていたことも、林業を盛んにし、山中の町が昔から歴史舞台に登場する理由となっている。

日田を訪ねたのは、その歴史の一ページに、江戸幕府直轄地である天領としての時代を持つから。九州の山中に設けられた天領地の理由と、そこで育まれた文化に触れるため訪ねたもの。

日田市のうち、天領地としての面影を残すのが、重要伝統的建造物群保存地区に指定されている豆田町(まめだまち)界隈。近くの市営無料駐車場に車を止められる便利さはあるが、建物を保存しているという割りに、完全に観光地化された作られた町並みで、これにはがっかり。連休中でもあり観光客の多さには日田ブランドの強さを思うも、歴史ファンが楽しむには、物足りない。

幅の広い道の両脇に古めかしい建物が並び、そこに土産物屋や雑貨屋、食物屋が展開される。文化人の旧居や大商人の豪邸などかつての面影が残る施設がところどころに存在していればいいのだが、その規模と比べると数も少なく少々寂しい。

日田1   日田2
天領日田の町並み。区割りは当時のまま残っているというが、なんとなく観光地化された寂しさを感じる通り。



入場料310円という値段に期待した天領日田資料館は、建物の立派さとは裏腹に、展示スペースはワンフロアのこじんまりとしたもので、天領地に至った経緯や、そこで育んだ歴史年譜があるわけでもなく、資料的にも特に見るべきものがなかったので、少々残念。


そんな中、日田の焼物・小鹿田焼(おんたやき)に出会えたことは、収穫。素朴な土の風合いに、飛び鉋(とびかんな)と言われる技法で独特の模様が入り、どこか不思議な落ち着きを感じる。これなら窯元を訪ねてみようかと思うも、さすがに時間に余裕もなく断念。

小鹿田焼は、江戸中期に領内の生活雑器の需要を賄うため、福岡県の小石川から陶工を呼び興した伝統ある陶芸で、重要無形文化財にも指定されている。現在10軒ある窯元の全てが開窯時から続く家の子孫にあたり、これは弟子を取らず長子相続により伝統技法を継承してきた故のこと。

こんなことなら販売店を事前に調べておけばよかったけど、先日陶器まつりでカップを買ったばかり+豆田町で見つけた観光客相手の一店舗だけで購入するのは早計ではないかという思いから躊躇し、購入せず。訪ねていないが、窯元10軒の秀作を一堂に見ることができるという「綾部商店」はよさそうなので、参考までに紹介しておく。


もう一つの収穫は、日田天領水で知られるように、名水の産地として知られる日田で天然水を入手したこと。天然活性水素水としてやたら値段が高い日田天領水を買うつもりはないけど、豆田町にある町の駅で、無料地下水をペットボトルに入れて持ち帰る。ミネラル成分は良く分からないが、柔らかい軟水をおいしくいただき。

日田5 日田4 日田3
左:天領日田資料館。ここの入口前で、「日田町歩きマップ」を入手しておきたい。観光施設、小鹿田焼、食事所と日田の見所を幅広く網羅しており、日田町歩きの必携のガイドブックとなっている。
中:小道はちょっといい雰囲気。
右:日田の地下水を無料で。空ペットボトルは、隣の町の駅で購入する。



夏暑く、冬寒いという盆地らしく、この日の気温は29.4度と本日の日本最高気温を記録。うだる暑さに夏を感じながら、町歩きも少々バテ気味に。そして、最後に訪ねたのは、豆田町から歩いて10分程のところにある、咸宜園(かんぎえん)。

咸宜園とは、江戸時代の儒学者・広瀬淡窓が1817年に開いた私塾。身分、出身、年齢に取り除く三奪の法をとり、天領地だったことから、武士に限らず身分を問わずに誰でも入塾できたことに特徴がある。80年間で、入門者は4800人に及び江戸時代日本最大級の私塾だったと言われる。門下生には、蘭医・高野長英、日本陸軍創始者・大村益次郎、日本最初の写真家・上野彦馬などがいる。

現在は、江戸末期の姿に修復した咸宜園の一部・秋風庵を見ることができ、その畳に座り心を静めると伝わってくる、強い志を持って熱気の中で学んだ多くの若者の息吹に、ここを訪ねる価値を感じる。豆田町から少し離れ、建物しかないためか、ほとんど訪れる人がおらず、静寂な空間を十分に堪能できることもいい。日田を訪ねたなら、ここを訪ねてみるのがいいだろう。

咸宜園1   咸宜園2
かつて日記で、広瀬淡窓に触れたのは、5年前のこと。大村益次郎が学んだ咸宜園の師・広瀬淡窓の詠んだ詩「君は川流を汲め 我は薪を拾わん」から、小学校時代に出会った教師の思い出と共に、教育論を語ったもの。そんな点と点が、ここで一本につながったりするから、歴史をたどる旅はおもしろい。
そんな日記を見てみようという方は、こちら、もしくは通称hiro本の28ページをご覧あれ。





日田を出たのは、16時30分。日田ICは中心地のすぐそばにあり便利。ここから福岡まわりで帰れば3時間程でとの考えはやはり甘く、大宰府IC前から大渋滞に巻き込まれ、計6時間の長距離ドライブで22時30分に無事帰宅する。


日和庵ディナーから始まった連休計画は、大分県中津市、日田市を訪ねるプチ旅行まで加わり、充実した2日間を終える。日和庵は言うまでもなく心の安息地だから、そのおいしい幸せ感を味わいに、またここを訪ねたい。中津、日田は、その歴史的背景から訪ねたいと思いながら、なかなかここだけでは観光が成り立たないから選択肢として選び辛かったところ。そんな中、プチ旅行として訪ねる機会を作れたことは、ちょうど良かった。

福沢諭吉旧宅、広瀬淡窓私塾と、幕末から維新にかけ、日本に多くの影響を与えた識者の一端に触れ、彼らのことをより知る機会を得られたことは、いい経験となった。訪ねる機会が限られ、その中でもどうしても、別府、湯布院といった有名観光地に限られてしまいがちな大分県訪問で、この地を踏めたことで大いに満足。

大分県竹田市岡城という目的地は次なる機会とし、この辺で、2010年5月連休旅行記を終える。

日和庵ディナー&大分プチ旅行(1日目)

年度が変わり、この1ヶ月突っ走ってきた骨休めの機会をようやく得、黄金週間とはいい制度だと、つくづく実感する。周りが止まらないと、自分の仕事も積もっていくばかりだから、なかなか休めない。ついには、調整のため土曜出勤も常態化しつつあったところだから、いい休養期間になったわけで。

さて、この連休の予定は先日少し触れたところだけど、大体予想通りに進行。そんなプチ旅行記を書いてみる。




連休計画は、いろいろと忙しく予定が立てられなかったことと、少々奥さんが風邪気味だったこともあり、遠出を止め、下関市にある和欧風創作料理の店「日和庵」訪問に決定。日和庵は、2年前に披露パーティーを行った会場であり、料理、サービス、雰囲気共に山口県で一番という変わらぬ高い評価をしているお店。初心に帰ると共に、結婚2周年を祝おうということで。

連休中日の5月3日に予約をし、1万円コースをベースに、昨年同様披露パーティーで出してもらった料理を一品加える。去年は「蝦夷アワビのスープ」だったから、今年は一品目に出てきた「3種の前菜盛り合わせ」を依頼。予約をしたのが数日前ということもあり同じ料理は難しそうだから、内容お任せの3種の前菜盛り合わせをお願いする。

日帰りも可能だけど、この店でワインが飲めないのはあまりに辛いから、宿泊を検討。御用達の楽天トラベル検索結果、同時期に下関市で「しものせき海峡まつり(先帝祭、源平合戦等)」が行われることもあり、既に空きホテルなし。となれば、電車で20分弱の北九州市小倉に泊まろうと、予約を入れる。




1日目 日和庵ディナー(5月3日(月))

特に初日に観光を考えておらず、昼過ぎに家を出て、一般道で下関へ。高速千円を活かし、1時間超で小倉に直行してもよかったけど、仕事の関係で山陽小野田市に用事があったから、そこを経由して。

山口県は道路が整備されていると広島時代によく聞かされたが、数年振りに走るとあらためて実感する。幹線道路レベルで付けかわり、5年前のナビはどこまでも道なき山中を走り続ける。この郊外の道路整備を、少しは日常から渋滞が頻発する山口市内に振り分けてくれたらと思いつつ。

順調に下関を通過するも、九州入りを前に渋滞につかまり、ここから20km先の小倉まで1時間30分を要すことに。まあ、国道での維持管理費徴収にはいろいろ言いたいこともあるが、せめてETC使用可にして、150円の料金支払いのためにできる大渋滞をなんとかしてほしいところ。

少々終盤の渋滞に疲労を感じながら、16時に小倉駅前のホテルに到着。早めに着けば、小倉駅ビルでも散策しようかと思っていたが、そんな時間もなく、ホテルで一休憩した後さっさと着替えて17時前に移動を開始。

小倉駅-下関駅は、間に門司駅を挟む11kmの道のりで、所要時間は17分(内4分は門司駅での待機時間)。車で行くといつも渋滞し遠いイメージのある小倉だが、電車に乗るとその近さを実感させられる。

下関駅に16時35分に到着し、ここから徒歩で日和庵へ。日和庵は、海峡ゆめタワーの先にある細江町市営駐車場(又は下関警察署)から山方面に歩いた先にあり、下関駅からは徒歩15分といったとこ。日和山の中腹にあるのが日和庵で、せっかく来たからと、まずは日和山山頂にある公園を散策。この日和山公園は、大正天皇即位を記念して造られた下関市最初の公園で、現在は、没後90年を記念して建立された高杉晋作像が立ち、小高い丘の上にある公園からの眺めは、関門海峡を見渡せるものとなっている。

幕末の長州藩と言えば、多くの人物を輩出したことで知られるが、この高杉晋作こそ最も評価されてしかるべきと思うところが大きく・・・と話せば長くなるので手短に。結局、今の世の中もそうだが、学者や評論家、はたまた政治家もそうだろうが、口先で好きなことを言う連中というのはどこにでもいるが、実際に行動を起こした人物がどれほどいるか。先の見えない事象に対し、必要とあらば自身の命も顧みず、信念を貫き行動する姿勢は、今の社会でも求められていることでは。


さて、余談もそこそこに、日和山公園で散歩中の老夫婦と雑談したため少々予定を遅れ、18時過ぎに日和庵に到着。お久しぶりです、お元気ですかと、マネージャーであるオーナーシェフの奥さんに迎えられ、1年数ヶ月振りの建物に足を踏み入れる。

日和庵1  日和庵2
左・右:日和庵外観と入口。この階段を上った後、庭を通り日和庵入口へ。変わらぬ重厚な木造建築がお出迎え。



既に何度か書いているが、まずは日和庵について紹介。
日和庵とは、大正10年に建築された下関の大豪商の邸宅で、現在の当主により改築され、和欧風料理の店「日和庵」として生まれ変わったもの。太い梁や漆喰の壁を始め重厚な造りのこの建物が放つ空気感は、80年を越える時間が醸成した独特の渋みがあり、どこか懐かしく、心地のいい落ち着きを感じることができる。場所は、日和山の頂上に位置し、関門海峡を一望できる景色が、彩を添えている。

オーナーシェフは、西尾さん。下関市の食材を中心に、世界各地の旬魚旬菜を取り揃え、フランス料理に和の要素を取り入れた和欧風創作料理が、ここのベース。新鮮な素材を活かしたフランス料理は、日本人の持つ味覚を刺激し、名前やブランドにとらわれず、料理そのものを素直に楽しむという本来あるべき料理のあり方に気付かせてくれる。


私見を交えた紹介となったことについては許してもらうとして、その他心温まる上質なサービスもここのうり。料理がおいしければ少々のことは目を瞑るが、やはりサービスがよくなければ何度と足を運ぼうとは思わない。今回は、披露パーティーと同じ席を用意してもらった上、テーブルクロスも、当時使用したシルバーカラー。当時を思い起こさせるそんなサプライズが、なにより嬉しかったりする。

日和庵3 日和庵4 日和庵6
左:銀色のクロスがかけられたテーブルの目の前に、関門海峡と下関の町並みの景色が広がる。
中:18時から利用すると、青々とした海に九州まで見渡せるパノラマ景色を楽しめる上、後半にはそれまでと一変する夜景と暗闇の中に映える日和庵の温かな雰囲気を堪能できるから、おすすめしたい。
右:メインダイニングの様子。暖炉の前でDVDを上映し…と懐かしく。この日は、メインの全席が埋まる盛況振り。開放感のある高い天井が、声を上へと抜けさせ、周りを気にせず料理を楽しめる。



今回の訪問で、おいしい料理は、小さな幸福感をもたらしてくれるということに久しぶりに気付かされる。おいしいものはいろいろ食べているけど、幸せ気分を味わえるほどの料理は、なかなか出会えない。山口市和食の「小熊や」もそのレベルにあるが、そこでかつての上司から言われた「おいしいものでこの幸せ気分を味わえるから、食事ほど費用対効果の高いものはないよね」というグルメならではの言葉を懐かしく思い出す。

日和庵5 日和庵7 日和庵8
左:リクエストした「三種の前菜の盛り合わせ」。北海道産エゾ鹿もも肉のカルパッチョ、マグロのカクテル、地鶏のテリーヌ。特にエゾ鹿のカルパッチョは、全くクセを感じさせない中、凝縮された旨みに、ただただ感動。レア仕立ての調理が、鹿本来の味わいを引き出し、その突き抜けたおいしさにあらためて日和庵のすごさを知る。
中:追加注文の「イベリコ豚の生ハム」。その場でスライスした生ハムにサラダを合わせて前菜仕立てに。穀物風味のコクのある旨みが広がるイベリコ豚生ハムのおいしさが忘れられず、いつも頼む一品。
右:「リンゴとフランス産鴨のパルフェ ケーキ仕立て フォアグラのソテーを添えて」。バルサミコ酢のソースでいただくパルフェは、リンゴの甘みが料理を引き立てるおもしろい一品。ハンガリー産フォアグラのソテーは、その深いコクのある味わいがなんともいえない。フォアグラそのものの質の高さを実感する。



日和庵9 日和庵10 日和庵11
左:「河豚のズッキーニ包みロースト マッシュルームの軽いクーリーと黒オリーブのビネグレット」。河豚の柔らかな食感と共に、マッシュルームと黒オリーブによる2種のソースの違いを楽しむ。
中:「海の幸と白ワイン風味のジュレ アスパラのクーリーを添えて」。スープでありながら、メインに据えてもいいような一品。絡み合う味わいを楽しむ。
右:「仙崎産平目と香味野菜の蒸し焼きと帆立貝のグリエ アンチョビ風味のクーリー」。メインの魚料理。上に乗る野菜は、わらびと玉葱の一種。香草のソースがあっさりとした平目を引き立てる。



日和庵12 日和庵13
左:お口直しのグラニテの後、メインの肉料理「和牛フィレ肉とフランス産うずらのローストゴマ風味」。その柔らかな食感と、口の中で広がる和牛フィレ肉のおいしさは、とても一言では言い表せない。絶妙な調理で、肉本来のおいしさに気付かせるその味わいは、選りすぐって訪ねた神戸牛の名店のそれを上回る。うずらのローストも、その繊細な味わいがなんとも言えず、至福のときを過ごす。
右:少し時間がかかって出てきた「日和庵お楽しみデザート」の理由は、このお皿のメッセージ故。チーズ風味のケーキやティラミスなど3種からなり、食後のコーヒーと共に楽しむ。



ゆっくりと食事を楽しみ、あっという間の2時間30分を過ごす。綿婚式おめでとうございますというメッセージカードと共に、鉢植えの花をもらい、テーブル席で写真を一枚。そういう心配りの一つ一つが、ここの素晴らしさ。ここを訪ねるたび、心のふるさとに帰ってきたような心地良さを感じ、そのおいしい料理にここをふるさとに持つ幸せを感じる。

初めて訪ねた際のその感動を皆に味わってほしいと思ったのが、ここを披露パーティー会場に選んだ理由。規定のプランがない分、料理のメニューからパーティーの進行、引出物まで自由にプランを作れることが魅力で、そんな様子は、そろそろページを作って紹介しようと心新たにしているところ。なんだかんだで、ゼロからいろいろ準備をするのは大変で、前例はきっと参考になるだろうから。

最後は、タクシーを待つ間、夜景を眺めながら撮影タイム。夜景に包まれた日和庵の様子を。

日和庵16 日和庵15
左:テラスからの夜景。写っている部屋がメインダイニングで、左奥のテーブルが本日の席。
右:メインダイニングと厨房を挟み対面するパーティーダイニング。メインと比べ少し小さめながら、少し静かな離れの漂わせる雰囲気もなかなかいい。





こうして、一日目のメインである夕食を終える。メイン料理を前に酔いが回るも、終盤を水で通したおかげで帰る頃にはすっかり回復。そう言えば本日のワインの紹介をしていなかったから、簡単に。

1杯目は、スパークリングワインの辛口。そして2杯目は、赤ワインの「ジンブロ」。しっかりとした重厚感がありながら、渋みがなく飲みやすいとすすめられた通り、飲みやすくておいしくいただく。そして、おいしいと調子よく飲んだ結果、グラス2杯ながら、メインを前に酔いが回ったというわけ。メインをワインと共にいただきたかったという失敗談は置いておいて、日和庵にはソムリエがいて、多くのワインを揃えているから、ワインに詳しい方も楽しめるのでは。


ホテルに帰ってからは、翌日の予定を検討。当初は、無理せず近場をうろうろするつもりだったけど、せっかく小倉に泊まったなら、最初に考えていた大分県を目指そうと方針転換。一度は訪ねたい、大分県竹田市の岡城址は、どうも軽く片道4時間はかかりそうで、これはなかなか辛いと躊躇。別府、湯布院といった既に訪ねた地を外しながら検討した結果は、後日作成の2日目の行程で披露することに。


それではこの辺で、1日目の行程を終了。2日目の行程をお楽しみに。




余談

日和庵訪問が、シェフ奥さん作成の日和庵ブログに載っていたから紹介してみる。
うちは基本、仲良しなんで。
プロフィール

Author:hiro

カレンダー
04 | 2010/05 | 06
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -
最新記事
カテゴリ
月別アーカイブ
最新コメント
RSSリンクの表示
リンク
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。