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尖閣諸島問題への補足

尖閣諸島問題について日本政府の対応を批判したところだが、どうも世間の批評も含めて、一番大事な点が欠けている気がするから、押さえておく。

最も非難すべき対象は、「中国」ということを。

今回の教訓は、中国という国が、国家として信頼に値しないことを認識できたことにある。

問題解決に、国際法に基づく解決ではなく、自己中心的に恫喝、脅し、経済制裁を躊躇なく行使。国家間交渉の前提となる、信頼関係を構築できない国。こういう横暴な国家に対しては、適切な対応方法と心構えを常に用意しておく必要があるということ。

それは、政府だけではなく、国民についても、そう。そういう中国が今後行うであろう事態に、国民レベルで心構えを持ち、それへの対処を国の中で共有しておく必要がある。


多くの日中問題から見て取れる傾向として、中国政府の判断基準は、優先順位から①自国民の政府への評価、②(日本を除く)世界からの自国の評価、③日本国民の中国への評価。これは、一方弱みにもなる。

日本への強気の対応を国内支配に利用してきた中国政府は、国家として成長した今も、さらに巨大化、複雑化した国内問題に対応するため、同じもしくは従来より強硬な手法をとらざるを得ない。今では、国民の意思が政府のコントロールの域を超えているところに、戦前日本を彷彿とさせるが、これがこの度のように、国際法に則り対応できない、中国の弱みとも言える。

優先順位はあくまでバランスで、それを危惧するから、世界に向けて、いかに中国が正しいかを情報発信する。日本が、相手を刺激しないように、水面下で交渉しようとするのとは正反対に。これは、単なる優先順位の問題だから、そこを踏まえて、日本も対応する必要がある。

だから、日本が、相手の弱みを突くには、世界に対する情報発信が必要と前回は述べたところ。世界からの批判には、一時的に関係が悪化しようと、利害関係が一致すれば、過去のものと捉えるのがこの国の特徴だから、無駄に友好的になる必要もないし、必要なことはしっかり言うことが肝要。

今回のように、②の手段が取れなかった場合、次の一手が③となる。次回を想定し、日本政府に対し、中国の理不尽に毅然たる対応を取ることを求めるだけではなく、起きた問題に対する、日本国民から中国政府への非難は、なによりの強い警告となる。

もっと合法的に、自由に、国民が自分の意思を示す場があればいいのだが、統治の行き届いたこの怪しげな民主国家では、デモさえそうやすやすと認めないから、なかなか難しい。となれば、その意識を共有したいところだが、マスコミ報道は政府の批判のみにすり替わるから、当てにならない。与謝野氏を始め有力政治家は、親中国という名の毒饅頭に侵されている嫌いがあるから、聞く耳も持てない。


となれば、残すは草の根的に、国民の意思を伝えるだけ。だから、政府への批判と同時に、中国への非難が求められている。そのことを忘れずに、自体の推移を見守っていきたい。
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尖閣諸島問題対応への批判

さて、尖閣諸島問題。あまりの日本政府の無策に、一言書こうかと思っていたが、予想通りというか、差し障りない解決へ動き出したから、不満だけを書いてみる。


これを弱腰外交と批判せず、何と評すればいいのか。

諸マスコミは、国内問題への無駄にしつこく、鋭い追及と打って変わり、誰もが中国の対応を垂れ流すのみ。問題の本質に迫ることなく、暗に平和的解決(無条件降伏)を促す始末。少なくとも、彼らに日本の世論を誘導する資格はないと、決別をあらたにする。

政府の責任逃れには、嫌悪感さえ覚える。彼らは、何のために存在しているのか、日本国を守り、維持していく意識があるのか。介護なり、年金なり、農業なり、どうでもいい小手先のことは、もっともらしい正論を吐くが、あるべき国家論、外国へ向けた日本の意思は、誰一人語ろうとしない。

本来、中央政府が担うべき国防、外交、治安の役割を果たせない現実を目の当たりにし、地方政府との役割分担の必要性をあらためて思う。地方政府が担うべき福祉、産業などより住民に近いところで判断すべき内容を、全国一律に対応すべく国会(東京)で議論する。

国民の生活が第一など、少なくとも国会議員が掲げるスローガンではない。国民の評判ばかり考えるから、政策に戦略がなく、場当たり的な対応しかできない。住民の生活を左右する政策を決定する機能(権限)が国会にあるから、大所高所に立った判断が下せないし、普段から意識がいってないし、そういう人物が選ばれていない。


首相在任中の民主党総裁選実施という無意味なイベントには、国民(選挙)軽視への憤りしか感じなかったが、その際、管さんへの批判も兼ねて評していたのが、少なくとも彼の下では戦いたくないというもの。

内閣総理大臣とは、自衛隊の最高指揮監督権を有するもので、いざ戦争となれば、彼の指揮の下戦うことになる。当然、国家の存亡を争うときに、国民が無関係であるはずがなく、国民自身が自らの生命と財産と人権を諦める選択をしない限りは、徴兵制なりで国民(家族)を守るための対応が取られることだろう。

その際、戦略の見えない、日和見な指揮官の号令の下、命をかけて戦うことができるのか。できれば戦争は避けたいけど、侵略を許すと国民の批判が大きいから、とりあえず敵を刺激しないように、武器を持たずに海岸線に並んでおけと、意図の見えない戦術に振り回されることが目に見えている。

目的を達成するために柔軟さは必要だが、目的を持たず人の意見に流される人物は、指導者と呼ばない。有識者の意見を取捨選択し、よりよい選択をすることは、知識を補う点からも望ましいが、そこに自分の意思がないなら、常にその答えはブレることになり、長期的に見てそこから生まれるものは何もないだろう。

どんなに首相交代後多くの人に批判されようと、未だ小泉さんを評価するのは、その点にある。自分の芯のブレない価値観を持っていてこそ、物事は判断できるし、それに対して責任を取ることもできる。だから、人は信頼しついてくるし、批判する人は、その点を持って選挙で争うことができる。世論に迎合せずに人気を得た人と、どんなに世間の受けを狙っても人気が付いてこない人の、本物と偽物の違いは、そこにある。


相変わらず、だいぶ話がずれたから、この辺で修復してみる。

今回は、どのような対応を取ればよかったのか。中国は、日本政府を試したと見るのが、今回の正しい見方だろう。これまで通り、弱腰日本に強気の姿勢で出たとき、どのような反応を返すか。大国地位を得つつある中国に対する、マスコミ、国民世論も含めた、日本の対応。

そして日本に求められたのは、中国は対等の立場になったのだから、これまでのように、理不尽なことをおとなしく何でも受け入れる対応はしないという、明確な意思表示だっただろう。それは、例え一時的に、経済的な打撃を受けようと、国家としての意思を貫くという姿勢。目の前のお金ではなく、威信をかけて面子を守るという、経済のみを優先してきたエコノミックアニマルから、成熟国へと踏み出した新たな日本という、世界へのメッセージ。

一歩引けば、一歩踏み込まれるのがどの世界でも常道で、これで次の一手は、さらに懐深く踏み込まれることになる。テロリストに屈しないとはよく言ったものだが、一つ妥協すれば、さらにエスカレートした要求を受け入れざるを得なくなり、一つの安易な判断が、取り返しのつかないほどの被害をもたらすことを指す。どこかの首長は、それをヤクザみたいなやり方だと評したが、その無法さも含めて、言いたいことは同じことだろう。


中国への攻撃方法は、いくらでもあった。中国の弱点は、経済大国になりながら、非民主国家を始め、中華思想に表れる自己中心国家としての、世界からの不信。日本の評価は、毛ほどにも気にしていないが、世界の評価は異常なほど神経質。自分たちの体質を自覚しているからこその、弱み。そこを付けば、十分に勝機がある。

例えば、国際法に照らして、いかに無法な対応を取っているのか、国内マスコミではなく、海外向けに公式に発表。喧嘩は、声が大きい方が勝つという、原始的な手法を信じる中国に対し、法に基づく先進国の戦い方で、国際舞台に上がらせる。

無法な侵略被害を同じく受けるベトナムと協調することも、十分取りえた。一人だけで戦わず、周りを巻き込み、世界にその現状を発信。政務官レベルを一人派遣するだけでも、十分な刺激となる。米国との協調では、同盟国である日本が先手を打つべきだっただろう(ちなみに、米国が、経済成長した中国をより重視する見方があるが、国際関係では、民主主義という価値観共有がより重きを持つことを認識し、判断を誤らないようにする必要がある。)。そして、共同記者会見や、米国での記者会見の場から、日本の意思をはっきりと示せば、国際的に十分なアピールとなった。

レアアース禁輸など資源外交の展開は、中国への脅威論を世界中に広めることができ、中国一辺倒の世界経済の流れを変える、日本にとりチャンスでさえあった。

いじめられっ子がこぶしを振り上げるまで、いじめっ子が相手を物であるかのようにすき放題やるように、一度本気でぶつからないなら、本当の友好関係など築けるわけがない。いつまでも、平和という名のもとで、本当の解決から逃げ回る政府を誰が支持し、好き放題振舞う中国に誰が親近感をわくというのだろうか。


結局、何も進展することなく、無法な中国と無責任な日本政府への不信感だけが残った解決。検察は国際関係を考慮し釈放、政府(法務大臣)は指揮権発動せず検察が独自に判断、この国は、いつから検察が外交を担当するようになったのだろうか。

誰が解決をしたのかも分からない、どんな政治方針があるのかも見えない、誰もが表舞台に立ちたがらない、無責任の極み。

こんな茶番劇を見せられ、当たり障りなく今回も無事解決できた、やはりみんな仲良く平和が一番とその外交手法が評価されるなら、この国の未来は暗いだろう。経済力に陰りが見えるからこそ、これからあらためて強い国民の結束が求められる中で、自分たちの状況を見極められない、かつての優等生の勘違い。

日中交流が途絶えただの、日本への観光客が減り観光収入に多大な影響が出ているだの、どこからの援助を受けて中国擁護の報道を繰り返すのか理解できないが、あまりに事のレベルが違うことは、普通に考えれば分かる。世論の下地を作って、政府の決断を促す。こうして、この国は、だめになってきたのだろう。


ブレない筋を持った政治家は、この先出てこないのか。腹をくくり責任を取ろうとする政治家は、いないのか。今できることは、はっきりとこの度の政府の対応を批判し、再び同じ過ちを繰り返さないように、戒めるのみである。

岡山旅行記①

かなり本気で、週末2泊3日・黒部・立山旅行を検討したけど、どうも天候が崩れそうだから、断念。

今回の旅行は、どうしても行きたいという思いより、夏もどこにも出かけてないし、せっかく季節のいい時期の連休だからという面が強いため、検討したのも直前のこと。

いろいろ検討した中で出た結論は、人が作った文化より、今回は、自然の素晴らしさを感じる旅行にしようというもの。アルペンルートの電車に揺られ、標高2千m級の山岳地帯を散策。そして、その目の前に広がる山々のパノラマ景色を、心と写真に収めて帰るという壮大な計画。

そもそもの始まりは、この文明社会にあって、日本アルプスという人が入り込めない急峻な地が日本に存在しているということを知り、3千年という歴史をもってしても、人を寄せ付けない地とは、どれほどのところなんだという興味から。

まあ、冒険家もいるし、ヘリコプターもあるしで、未踏の地ということはないけど、自分の知る山という認識を覆す、生き物を寄せ付けない領域がこの日本にあるかと思うと、自分の目で見たいと思いがふつふつと沸いてくる。

といっても、ザイルを片手に岩山を登るつもりはないから、まずはその一端として、北アルプスに属し、景色を見る上での環境が整備された立山連峰、黒部峡谷を候補に選んだもの。

そんなことから入っているから、その場所のイメージは、どちらかというと中部地方の山地、岐阜県の山奥。立山・黒部が富山県に属することは、検討し始めてから知るといった具体で。

どうせなら、1泊は山の上にある宿に泊まり、ゆっくりと山を楽しみたいという思いがあったけど、直前の上、この連休では宿確保が困難。かつ、肝心の旅行日の天気が、雨と曇りでは、無理して大金かける気にならない。

心に直接響いていくる自然のすばらしさは、人が造るどんなものにもかなわない。だからこそ、その景色は、晴れ渡る最高の状態で眺めたい。ましてや、新幹線と急行列車を駆使し、時間とコストをかけて行くなら、少々のところで妥協したくない。次がそうある旅先じゃないだけに、目の前に突きつけられたその後展開される結果を、仕方がないで強行突破するするわけにはいかない。


ということで、土曜日夜に方針転換。天気がいいのは、19、20日の土日。この二日で、近場の候補、岡山県に出かけようと、大急ぎで情報収集を開始する。

目指すは、岡山県と香川県が連携し、瀬戸内海に浮かぶ島々で現代アートの祭典を実施している、瀬戸内国際芸術祭への参加。この盛り上がりは、ちょっとしたブーム的な感があり、瀬戸内海観光のヒントが隠されているとの期待から、ぜひ自分の目で見てみようと思っていたもの。

日本のエーゲ海と評される瀬戸内海の多島美は、山口県・広島県・岡山県に共通する資産で、これをどう活かすかが、観光のキーワード。これが、期待を大きく上回る、すばらしい出会いをもたらしてくれたから、そんな感想は、今後の文中で書くとして。

岡山県中心地は、未踏に近く、近くて遠い県だったから、この際倉敷市と岡山県の要所を押さえておこうというのも、今回の旅行のテーマ。岡山県の潜在能力、中国州の中心足りえるかという視点からの評は、期待に添えそうにないが、倉敷市の美観地区等観光視点ではなかなかおもしろい場所が多かったから、その辺も紹介できたら。

とくにかく、前日に残り少ない宿を楽天ネットで押さえ、当日食事所に電話を入れ予約を取り、というドタバタな旅行。その割りに、なかなか充実したいい旅だったから、またここで報告していくこととしよう。

それでは、こうご期待を。

携帯キャリア変更を検討中

携帯電話会社は、Jフォン→ボーダフォン→ソフトバンクフォンと同系列で3世代、13年の付き合い。昔から携帯電話会社の通話コストの高さに納得いかず、特に価格面で、業界に一石を投じる挑発的な挑戦を続ける戦略を指示し、選択してきたが、どうにも最近ソフトバンクの企業姿勢に賛同できず、変更を考えるこの頃。

ハード投資を抑えることによる通話料値下げ戦略から、ある程度の通話品質の低さやつながりにくさには妥協してきたが、最近は通信料名目で負担額が増える一方、方やその儲けは利用者に還元されず、変わらぬ低い通話品質では、納得できるはずがない。

現在のソフトバンクの料金体系は、携帯電話をあまり使わない利用者にとり大きな負担となる仕組み。ヘビーユーザーの負担を抑えた結果、その負担が各層に割り振られることになり、利用度と負担の割合が大きくかけ離れる結果に。

広く浅くが、儲けのコツだけど、負担ばかりを押し付けられたのでは納得いかん。順調に伸びるソフトバンクの利益を見ながら、それなら他にもやることがあるだろうと、イメージ戦略優先の姿勢に反感も。

そして、ついに見切りをつける気持ちになったのは、最近のこと。先日、新機種を見る機会があり、その価格を知り驚き。iフォンなど高機能機種ではなく、汎用品を思わせる普通の携帯電話が、9万円台。メーカーを囲い込み、全量買取による携帯会社主導の機体製造を行っているとはいえ、たいして機能もない携帯電話1台が9万円とは、人を馬鹿にしている。

通話機能は、ハード負担抑制のおかげで見劣る上、通信速度も恐ろしく遅い。携帯自体の機能も、カメラはデジカメに大きく劣り、画面は小さくもちろんテレビに劣る。処理速度は遅く、使い勝手共にパソコンに劣り、操作性の悪さは言うまでもない。持ち運びできる小ささに先端技術の集結を見出したとしても、なぜ、このレベルの製品が、大型テレビ、高機能パソコン、一眼レフカメラを上回る価格になるのか。

これこそ、携帯電話という寡占業界に胡坐をかく、利益ばかりを優先し始めた(特に)ソフトバンクのエゴで、こんな会社には付き合ってられないと、見切りをつけたわけである。

とはいえ、機種変更2年契約というしばりはなかなく重く(ソフトバンクでは、中途解約で多大な負担金を求められる。)、今さら電話番号を変えることの手間も考えると、そう簡単に決断できるものでもない。

ということで、すぐに変えるつもりはないけど、いつでも変更できるようにと、今日は情報収集をしてきたから、お伝えしてみる。


【2年契約途中で携帯電話会社を乗り換え、かつ電話番号を継続する方法(ソフトバンクバージョン)】
①ソフトバンクの料金プランを最低レベルに変更(基本料金980円+メール315円(必要時))
②同時期に、他社携帯電話を新規購入(乗換え時期に応じ、年間割引等選択(解約手数料発生に注意))
③2年契約終了後、ソフトバンクを解約。
④新規携帯は、一度解約し、同じ機種でソフトバンクからの乗り換え手続きを実施。
⑤新規携帯に電話番号が引き継がれ、完全移転完了。

■メリット・デメリット
・一定期間2台携帯を持つことになり、千円程度の負担が発生。
・番号乗り換え時に、各社用意している機種購入代金の割引が受けられない。(1万円程度)
・他社の解約時負担は、年間割引適用時の解約手数料に限られるため、数ヵ月後の解約でも負担が生じない。
・新規携帯の分割購入は、分割払いが一旦解約後も引き継がれるため、継続利用と負担が変わらない。
※他社は、ドコモの例


かつては期待したSIMロック解除は、結局ハード整備の遅れるソフトバンクのメリットにはならず、料金体系も他2社と近づきつつあるから、ますます継続利用する価値を見出せなくなっているこの頃で。

県東部訪問

本日訪問は、岩国市玖珂町、周東町と県東部。

玖珂町界隈で食事をするところといえば限られ、まずは、ディナータイムのみの営業と知りながら、「ステーキハウス暖炉」を訪問。ステーキコース5千円からという高級店ながら、ハンバーグコースなら1500円程度と十分許容範囲。玖珂町は、高森牛という県産和牛の産地でもあり、地元和牛を使っていれば、素直に応援したいなと期待しつつ。

やっぱりランチタイムはやっていなかったというオチならいいんだけど、なんとレンタルスペースに様変わり。ステーキハウスは、もうやめられたのかな。なかなか有名な店だっただけに、ちょっと残念なことで。

となれば、次の選択肢は、山口が誇る食事所「いろり山賊」。ランチメニューがあるわけではなく、夜と同じメニューながら、山そのものを利用し大自然と一体化した店の造りは、相変わらず圧巻。太陽のふりそそぐ昼間の景色は、青々とした周りの木々が映え、これまたよし。谷間を見下ろせる、道端のテーブル席を見つけて、腰を下ろす。

山賊手打ちうどん、山賊焼き、ごはんをオーダー。山賊むすびが定番じゃあるけど、お好みの手打ちうどんを優先。山賊焼きにご飯は欠かせないから、結局別途注文することに。

食事所でも書いているように、決して料理レベルの高さを評価するつもりはないけど、やっぱり大自然の中で食べる、こんな豪快な料理がおいしかったりするんだよね。今時期は、入口に巨大な案山子像が描かれ、お出迎え。相変わらず、非日常を演出する姿勢は見事で、この雰囲気は、他じゃ決して出せないだろうと、山口県の誇る名店の元気の良さを喜ぶ。

山賊1   山賊2



さて、食事後少々時間が空いていたため、周東町獺越にある旭酒造を訪問。旭酒造でピンとくれば、なかなかのお酒好き。そう、ここは山口の誇る日本酒「獺祭(だっさい)」の蔵元。すっかりブランド化した獺祭の蔵元を、一度見学しておこうと訪ねたもの。

蔵元見学は、1週間前の予約が必要ということで、入口から様子を見るだけだったけど、店頭販売の日本酒があったから、350㎜小瓶を2本ほど購入。2割3分磨きの大吟醸は2100円と少々高価のため妥協し、3割9分磨きの大吟醸980円を選択。2割3分ものは、なかなか市販で見かけないから、思い切って購入してもよかったんだけど。

入口に掲げられた杉玉はすっかり枯れているから、新酒の時期はもう少し先かなと聞いてみたら、一年かけて仕込む普通の酒造と違い、常に新酒の取り扱いとなるそう。それでも、あえて新米で造る酒を新酒と定義するなら、2月頃が新酒の時期になるのだとか。つまりは、常に初々しい新酒を味わえるということになるのかな。

獺祭1   獺祭2



さてさて本日は、結局、周防大島町まで足を伸ばして帰宅。
穏やかな瀬戸内海に浮かぶ島々に、広島の海を思い出し、県西部や日本海とはまた違う景色を楽しむ。
山口県東部も、探せば見所があるなと思うこの頃で。
プロフィール

Author:hiro

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