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アップル

それで、アイフォンは何がいいの?

そろそろスマートフォンをと考えると、いつも行きつくこの疑問。先駆者として人気があるのは分かる。ただ、先駆者のいいとこ取りで、さらに機能を高め、価格も抑えるのが後発組の常。製品そのものの本質ではなく、ブランディングやマーケティングに優れるアップルという印象への警戒。機能として優れるものを冷静に見極めて選びたい。

アイフォンとアンドロイド携帯の優劣、情報誌による比較では一長一短、一向にたどり着かない答え。家電量販店に置かれたデモ機を自ら触っても、その性能を使いこなせないのだから、比較のしようもない。イメージでは決めたくない、だからと言って性能の優劣も付けられない。そして、決めきれない。だから、この問いかけにまた戻る。それで、アイフォンは何がいいの?と。


家電や情報端末機器を選ぶ場合に重視すべきは、今ある製品の性能とともに、これからそのメーカーがどういうものを作ろうとしているかという姿勢。ネットワークで様々なものをつなぐ仕組みが導入されつつあり、一つの製品を購入することは、周辺機器も同じメーカーを揃えることを意味する。例えば、テレビを購入すれば、ビデオやオーディオシステムは同一メーカーで揃えなければ、その性能を十分活かせない。例え周辺機器が他社製より性能が劣ろうと、低位な互換性は、大幅な利便性の低下をもたらす。

以前は、それぞれ独立していた製品が、今やテレビ周辺に留まらず、デジタルカメラ、ビデオカメラ、パソコン、タブレットと家電製品すべてに関連性を有している。最新の便利機能が使えるなら、同じメーカー製品を統一感を持って揃えたい。

だから、そのメーカーがどういうものを作るかという姿勢が重要になる。常に新しい機能を取り入れようと積極的な姿勢にあるか。同一メーカーで揃えたいが、明らかに機能が劣る製品では選べない。それは短期ではなく、長期的な視点で。全ての製品を同じタイミングで買うわけではない。今、最高の機能を持つテレビを造るメーカーが、3年後に最高の機能を持つデジタルカメラを造っているか。そして、それらをまとめるソフトウエアを開発しているか。

今あるいいものを揃える水平統合から、将来の展望まで見据え同じメーカーを揃える垂直統合に回帰しつつあるのが、デジタルネットワークがもたらしたもの。我が家で液晶テレビを皮切りに、自然とソニー製品が選ばれていくのは、そんな理由が根底にある。


その必要性を見通し、垂直統合を原理的に成し遂げたのがアップルであることを、「スティーブ・ジョブズ」(ウォルター・アイザックソン著)により知る。スティーブ・ジョブズ公認伝記である同著は、イノベーションのあり方を示す、質の高いビジネステキストでもある。情報誌による機能解説ではなく、この本を読んでいたなら、迷わず、それも(スマートフォンの必要性や普及状況を見極めることなく)数年前にはアイフォンを購入し、デジタル機器はアップルで次々と統一されていたことだろう。

アップル製品には、あまりのブランディングの高さに、性能ではなくマーケティングのうまさを、感覚的にしびれる外観の素晴らしさに、それに比例しがちな中身の陳腐さを警戒していたところがあり、己の道を歩むとがった個性を持つマック等アップルブランドの格好良さにひかれながらも、使い慣れたウィンドウズをはじめとする汎用製品を選び続けたのが、ここ十数年の歴史である。


その会社が信頼に足るかどうか、常に素晴らしい製品を提供しようとするかどうか、それを体現しようとした会社がアップルであり、スティーブ・ジョブズであるなら、彼の時代とともにそれを体感できなかったことが、なんとも悔やまれる。スティーブ・ジョブズが下船したアップルが、(惰性で進み続ける数年間より先の)将来にわたりこれまでと同じイノベーションを体現し続けることは、まず難しいだろう。

だからこそ、その思いが形として残る今こそが、スティーブ・ジョブズとともに感じられる最後のタイミングと言えるだろう。芸術と技術の融合がもたらすイノベーション。そこには、日本が失いつつあり、やはり取り戻さなければならない製造業、いやすべての業界に共通するこれからのあるべき姿が見えてくる。絶対の信頼性。この十年間をアップル信者として、アップルのイノベーションをサプライズとともに受け入れてきた人がいるなら、これほど素晴らしい体験はなかったことだろうと、うらやむばかりである。


さて、何を突然アップル信者の仲間入りをしたのかと怪訝される方々には、「スティーブ・ジョブズ」からいくつか影響を受けた内容を下方で紹介する。

この本の唯一の不満は、素晴らしい作品や広告を言葉で表現するにとどまり写真の掲載がないため、想像ばかりが膨らむことにある。ということで、彼の作品を写真と解説で記す日経BP社「スティーブ・ジョブズは何を遺したのか」を購入。その背景を思い描くため、これを読むのは、伝記を読んだ後としたい。

強烈なリーダーシップ、取締役会ではなく社長に権限がある独裁にも近い会社の形態。それはむしろ、アメリカではなく、日本の会社組織に近いこと。そこでなしえたイノベーションが、彼個人によるものなのか、彼のアイデンティティが浸透したアップルという会社によるものなのか。これからも、ジレンマとの無縁に、さらなるイノベーションを起こせるのか。

今後のアップルに期待をしながら、まさに世界を変えつつある今その時に、彼の寿命が尽きた損失を考えずにはいられない。人類が得られたはずの何か、先に進む速度が一歩後退したことは、否定できない事実だろう。
振り返らずに先に進むため、彼の生き方を記すこの本が与える影響は果てしなく大きいと、強い感銘とともに読み終える。



・・・・・・・・

「人類がなし遂げてきた最高のものに触れ、それを自分の課題に取り込む。ピカソも、「優れた芸術家はまねる、偉大な芸術家は盗む」と言っている。我々は、偉大なアイディアをどん欲に盗んできた」
・ゼロックスとの資本提携の条件として、ゼロックスが開発したGUI(グラフィカルユーザインターフェース)技術(アイディア)を盗み、パーソナルコンピューターの礎を作る。それまでの黒画面への文字打ち込みから、現在に至るデスクトップ画面のアイコンやフォルダの画像表示で誰でも直感的にパソコンを操作できるようになる。
ちなみにこの技術をマイクロソフトに真似られ、ウィンドウズ開発へとつながる。学生時代、ウィンドウズ95がこれからのコンピューターを変えるという触れ込みで日本に上陸した際の、よく分からないまま感じていた世間の熱気が懐かしい。
・盗むことが悪ではなく、盗んだ先にどういうものを作り上げるか。そうして人類が進歩してきた。隣国が技術を盗むことを嘆くのではなく、盗まれない何かを作り上げる、盗むさらに先へと進む。過剰な倫理観は、グローバルなビジネスの世界では通用しない。


「現実歪曲フィールド」
・スティーブ・ジョブズを語る上で、常に出てくる言葉。論理的な現実を歪曲し、不可能を可能にするという思考。「カリスマ的な物言い、不屈の意志、目的のためならどのような事実でもねじ曲げる熱意が複雑に絡みあったもの」とし、この力から逃れる術がまずないという。限界を決めるのは、いつも自分自身。直観力で先が見えているからこそ、論理的な不可能を可能としてねじ曲げ、それに向け周りを突き動かし、実際に実現させたのだろう。この能力が、先駆者として誰もなし遂げなかった新たな領域を次々と開拓していったといえる。


「洗練を突きつめると簡潔になる(Simplicity is the ultimate sophistication)」
・デザインをシンプルにする根本は、製品を直感的に使いやすくすること。今に続くアップル製品の根本となるこの言葉は、あらゆる分野に共通する本質と言える。


「シンク・ディファレント」
・必要なのはさまざまな製品の広告ではなく、ブランドイメージを前面に押し出したキャンペーン。焦点を当てるべきは、コンピュータに何ができるのかではなく、コンピュータを使ってクリエイティブナ人々は何ができるのか。「テーマはプロセッサーのスピードやメモリーではなく、創造性」とするジョブズがアップル復帰後に作った広告。以下、60秒フルバージョンの詩。
・「クレージーな人たちがいる。反逆者、厄介者と呼ばれる人たち。四角い穴に丸い杭を打ち込むように、物事をまるで違う目で見る人たち。彼らは規則を嫌う。彼らは現状を肯定しない。彼らの言葉に心を打たれる人がいる。反対する人も、称賛する人もけなす人もいる。しかし、彼らを無視することは誰にもできない。ならなら、彼らは物事を変えたからだ。彼らは人間を前進させた。彼らはクレージーと言われるが、私たちは天才だと思う。自分が世界を変えられると本気で信じる人たちこそが、本当に世界を変えているのだから。」


「チームワーク」
・アップルの強みはウィジェット全体の統合にある、つまり、デザインからハードウェア、ソフトウェア、コンテンツに至るまでが一体となっていることだと考え、社内の各部門は並行して走りながら協力すべきだとする。本人の表現によれば、「緊密なコラボレーション」と「同時並行のエンジニアリング」だ。
・「世の中のモノというのは、ベストが平均の3割増くらいのことが多い。ベストなフライト、ベストな食事、いずれも、平均より3割ぐらい優れている。ウォズは平均的なエンジニアの50倍くらい優れていて、自分の頭の中で会議ができてしまう。そういうAクラスのプレイヤーだけでチームを作ろうとしたのがマックチーム。それは無理だ、みんな他人と協力するのを嫌うって言われたけど、でも、AクラスはAクラスと一緒に仕事をしたがるんだ。ただ、Cクラスのプレイヤーと一緒に仕事をするのが嫌なだけで。そのためには採用も各部門が協力して行う必要があり、こうして「まぬけの増殖」が起こって会社に二流の人間があふれるのを防ぐんだ」。


「ソニーの失敗」
・ふつう会社はそういうものだが、ソニーも共食いを心配した。デジタル化した楽曲を簡単に共有できる音楽プレイヤーと音楽サービスを作ると、レコード部門の売り上げにマイナスの影響が出るのではないかと心配したのだ。これに対してジョブズは、“共食いを恐れるな”を事業の基本原則としている。「自分で自分を食わなければ、誰かに食われるだけだからね」。だから、iPhoneを出せばiPodの売り上げが落ちるかもしれない、iPadを出せばノートブックの売り上げが落ちるかもしれないと思っても、ためらわずに突き進むのだ。


「スティーブ・ジョブズの功績」
・アップルⅡ・・・マニア以外にも買える初めてのパーソナルコンピュータとした。
・マッキントッシュ・・・ホームコンピュータ革命を生み出し、グラフィカルユーザインターフェースを普及させた。
・トイ・ストーリーをはじめとするピクサー人気映画・・・デジタル創造物という魔法を世界に広めた
・アップルストア・・・ブランディングにおける店舗の役割を一新した。
・iPod・・・音楽の消費方法を変えた。
・iTunesストア・・・音楽業界を生まれ変わらせた。
・iPhone・・・携帯電話を音楽や写真、動画、電子メール、ウェブが楽しめる機器に変えた。
・アップストア・・・新しいコンテンツ製作産業を生み出した。
・iPad・・・タブレットコンピューティングを普及させ、デジタル版の新聞、雑誌、書籍、ビデオのプラットフォームを提供した。
・iCloud・・・コンピュータをコンテンツ管理の中心的存在から外し、あらゆる機器をシームレスに同期可能とした。
・アップル・・・クリエイティブな形で想像力がはぐくまれ、応用され、実現される場所であり、世界一の価値を持つ会社となった。



※以下、同書最後の言葉としてクライマックスのため、購入予定者は、決して見ないことを強く勧める。
「自分はなにをしてきたのか、自分はなにを後世に残すのか」
・僕は、いつまでも続く会社を作ることに情熱を燃やしてきた。すごい製品を作りたいと社員が猛烈に頑張る会社を。それ以外はすべて副次的だ。原動力は製品であって、利益じゃない。金儲けを目的にすることは、ほとんど違わないというくらいの小さな違いだけど、これがすべてを変えてしまうんだ・・・誰を雇うのか、誰を昇進させるのか、会議で何を話し合うのか、などを。
・「顧客が望むモノを提供しろ」という人もいる。僕の考え方は違う。顧客が今後、なにを望むようになるのか、それを顧客本人よりも早くつかむのが僕らの仕事なんだ。欲しいモノを見せてあげなければ、みんな、それが欲しいなんてわからないんだ。だから僕は市場調査には頼らない。歴史のページにまだ書かれていないことを読み取るのが僕らの仕事なんだ。
・すごい製品を作りたいと情熱に燃えていれば、統合に走るしかない。ハードウェアとソフトウェアとコンテンツ管理をまとめるしかないんだ。すべて自分でできるように、新しいところを拓きたいと考えるはずなんだ。他社のハードウェアやソフトウェアに対してオープンな製品にしようと思えば、ビジョンの一部をあきらめなければならない。
・IBMやマイクロソフトのような会社が下り坂に入ったのはなぜか。いい仕事をした会社がイノベーションを生み出し、ある分野で独占かそれに近い状態になると、製品の質の重要性が下がってしまう。そのかわり重く用いられるようになるのが、“すごい営業”だ。売り上げメーターの針を動かせるのが製品エンジニアやデザイナーではなく、営業になるからだ。その結果、営業畑の人が会社を動かすようになる。
営業畑の人間が会社を動かすようになると製品畑の人間は重視されなくなり、その多くは嫌になってしまう。
・スタートアップを興してどこかに売るか株式を公開し、お金を儲けて次に行く、そんなことをしたいと考えてる連中が自らを「アントレプレナー」と呼んでるのは、聞くだけで吐き気がする。連中は、本物の会社を作るために必要なことをしようとしないんだ。それがビジネスの世界で一番大変な仕事なのに。先人が残してくれたものに本物を何か追加するにはそうするしか方法はないんだ。一世代あるいは二世代後であっても、意義のある会社を作るんだ。
・クリエイティブな人というのは、先人が残してくれものが使えることに感謝を表したいと思っているはずだ。僕らの先人が遺してくれたあらゆる成果に対する感謝を表現しようとする。そして、その流れになにかを追加しようとする。そう思って、僕は歩いてきた。
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順調に回復中

取り繕いようのない顔の擦り傷から、事実を説明することで想像の広がりに制限をかけたものの、思った以上に情報が伝わり戸惑う日々。できれば、何事もなかったかのようにやりすごしたかったと。まあ、見た目酔っぱらって転んだとしか思えない傷。そちらを抑えられただけ、よしとするか。

1週間は気圧変化が大きい飛行機は避けた方がいいと助言をもらい、今回の東京出張は新幹線による4時間30分の移動。学生時代はこの何もすることがない新幹線移動が苦痛だったけど、やることも多くあっという間に時間が過ぎる。これも、出張や週末を効率よくこなそうと小型パソコンを購入したおかげ。行きはたまった仕事を片付け、帰りは報告書を車中で作成。読書時間も十分取れないほど、時間を有効に使う。

打撲の症状はまだまだ続き、出張中の荷物持ち運びは拷問の域。とりあえず、整骨院とホンノーなる怪しい漢方薬で応急処置をとりつつ、自然治癒力に任せていきたいところで。


久々の東京は、いろいろ刺激を受け十分な成果。6時前起床と、始発便に合わせたタイムスケジュールで夕方あまりに眠く、チェックイン後1時間ほど仮眠を取ったが、せっかくの機会だからとホテル徒歩圏内の銀座を散策。20時を回る頃の銀座は着物姿の女性も多く、昼とは違う一面を知る。以前ほど中国語が聞こえてこないのは、ツアー客がホテルに引き上げたからかどうかは不明。ヤマハのモダンな外壁に見入りつつ、屋上看板の巨大なLGの文字に、時代の変遷を感じる。

地方にいる人は、一年に一度は東京に出る方がいいとつくづく思う。机の上では決して出てこない発想や方向性が、周りから刺激を受けることで閃いたりする。ここで何も感じられなくなったら、終わりに近いなと勝手に想像しながら、夜の街をぶらぶらと散歩する。



・・・
出張中を含め、常に携帯し読んでいるのが「スティーブ・ジョブズ」。神格化されたアップル創業者の礼賛伝記かと思い発売当初避けていたが、赤裸々に語られる彼の生き様がずしりと響き、購入。成功という結果のみを捉え、人格を含むそのすべてを美化し、世代を超えたカリスマとして君臨できる環境にありながら、(世間一般が顔をしかめる)人間的な泥くさい一面を包み隠さず描く様に強烈な衝撃を受ける。

聖人君子のような清廉潔白な人物ばかりが求められ、結果上辺だけを取り繕った型にはまった人間しか世間の表に立てない(少なくとも日本の)状況、そしてそこから生まれる現状を考えると、日本に足りないものが見えてくる。違いを受け入れる大きさ。人間的な欠陥さえ感じられるスティーブ・ジョブズという人物が、ここまで称えられる環境。日本であれば、マスメディアや既存の体制により確実に初期段階で葬り去られていることだろう。

評判を聞くけどまだ読んでいないというなら、自分の中の、そして世間のジョブズ熱が冷めないうちに読むことを勧める。読むタイミングで感じ方が違うし、少なくとも世間との共感を得たいの中、この機会しかない。

成功する人とは、どういう歩み方をしていくか。それは様々な偶然の積み重ねによる奇跡に近い出来事かもしれないが、そのための資質を、そういう才能との接し方をこの本は教えてくれる。



・・・
とりとめもなく、再びトニー・ブレアの私の履歴書より。彼の家族観がおもしろいから。

赤ん坊はかわいくて抱きしめたくなるが、まだ少し無生物のようだ。子供は3歳ごろから面白くなり始め、地獄の暗い霧が彼らを包み始める12歳ごろまでそれが続く。そして20歳前後で半文明化された人間として再び姿を現すのだ。
それを見て自分が悪い親だとか、遺伝的な問題があるのではないかなどと思い悩むのはやめ、やっぱり自分の子供だと悟り、愛するのである。もちろん例外はあるが、これが私の経験だ。

全速ダイブ

健康であること、それが当たり前であるとついつい忘れがちな日常生活を送る上で最も大事なこのことは、それを失って初めてその原因となる過程をなぞるように後悔しながら、置かれた現状をただただ憂うものである。


昨日のやる気が嘘のように、すっかり意気消沈している本日。その理由を軽く触れる。

10月末に始めたマラソン練習は、既にここに記したところ。時間に余裕があった12月は特に練習にも力が入り、週4日ペースで順調に走り込み、時間が取れた正月休みも休養は一日のみ。年明け以降、タイムを意識した本格的な練習に移行し、まずは5km20分を目標に体と心肺機能に負荷をかけていく。入りの1kmを、コンスタントに4分を切れるようになり、仕上がり具合に自信を持つ。

先週には、例年より2,3週早く本番コースの試走を開始。土・日と2日連続で5km全力走を敢行し、コースの厳しさを思い出すとともに、大会までを逆算して、練習への気持ちを入れ替える。

そして木・金と2日連続の練習を経て迎えたのが、この土曜日。やはり本番コースを走るのが一番の練習になると、車で遠征。さあ、着替えようと後部座席を見、ランニングウェアを忘れたことに気付いたあたりから、後悔の過程が始まる。

本番コースで練習できるのは、週末のみ。厳しいコースでの本番を意識したタイムトライアルは、通常練習の数倍の効果をもたらす。既に日暮れ前の17時ながら、片道30分かけてグッズ一式を取りに帰ることを決意。そして、再び戻ってきたときには、既に辺りは暗闇に包まれ、数十m間隔で設置された照明がランニングコースを照らすという状況。

夜間は照明がつくことから、これまで何度も日没後に走った経験はある。コースは十分に知っているから、先週より少しでもいいタイムを出そうと試走開始。

余力を持たせながら前半を終え、タイムも先週を10秒上回る。さて、ここからが粘りどころと後半に入ったところで、それは起きる。


コースの荒れた路面を保護するために、所々コース上に設置されているロープでの囲み。ロープをかける三角コーンに赤色灯を付けている個所もあるが、経費節減のためか多くにその目印はつかない。数十m間隔の照明の間にある明りが十分行き届かないコースに設置された、赤色灯が未設置のまま張られたロープが、まさにその場所。

緩やかな下り勾配となり、スピードを上げたところで、突然体が宙を飛ぶ。一瞬何が起きたか分からない。地面に横たわる体。走っていて、何かに引っかかった気がするが、まずは今自分が走っていた位置が分からない。曲がったメガネに、頭を打ったことを認識する。とりあえず立ち上がり、周囲の情報を集め、自分がいる場所を把握する。

肩や胸は痛いが、打撲の粋を出ないだろう。せっかくの練習機会だから最後まで走るかとしばらく進むも、体の痛みに無理はするまいと断念。

心肺機能を追い込む全力走から、息苦しいのはいつものこと。ただ、時間が経つほどに増す胸の痛みには万が一の思いが頭をよぎる。一日経てば自然と痛みも引く気がするが、不安とともに夜を過ごすのは気持ちがいいものではない。念のためと、夜間救急病院に直行する。


レントゲン写真を指さしながら、威勢のいい若い女医さんから発せられた言葉。骨は折れてませんが、肺に穴が開いて空気が入ってますね。息苦しいでしょう、気胸ですね、と。

肺が膨らまなければ即入院ですと神妙な顔で通告されながら、局所麻酔を打った脇腹から管が入る。痛みが増す右肩、息を吸い込むごとに痛みが響く胸板、どうも何か刺さっているらしいがとても見る気がしない脇腹、ただただ任せるしかないまな板の上の鯉状態の自分を嘆く。

大きな深呼吸を繰り返し、あらためてレントゲンで肺の膨らみを確認した後、顔と右肘の擦り傷を治療し、明日は安静に過ごすこととの忠告を受けて、病院を後にする。


うーん、順調に仕上がっていたのに、まさかのつまづき。まさに、学校の廊下に仕掛けられた縄跳びロープに全力疾走のまま突っ込んだ様。1km4分ペースに下りを勘案すると、時速は15kmをゆうに超える。そこにロープがあると全く意識がないから、なんの防御もとらないままの全速ダイブ。その地面が土だったとはいえ、頭、胸から突っ込んでよくこの程度で済んだと、それはそれで運がいい。

それでも、準備していたランニングウェアを忘れなければ、お昼を早めにとりもっと早く行っていれば、ウェアを忘れたことに気付いた時点で家周りのランニングに切り替えておけば、暗闇を考慮しスピードを落として走っていればと、その行動一つ一つが悔やまれてならない。


一方、怪我。顔の外傷はいかんともしがたい。右頬横に貼られた治療絆創膏には膿がたまり白く固まり、目の周りは殴られたように赤く腫れる。ランニングを当面控え安静に過ごすことに全く問題はないが、気圧の下がる飛行機利用はあまりおすすめでない様子。となれば、意気込む火曜日からの東京出張はどうしたものか。最悪新幹線での5時間移動も選択肢とするが、帰宅の時間が24時を超えることは少々憂鬱。いや、なによりも、社会人として顔に傷を抱えてそれなりの地位の方に面会することはいかがなものかと頭を悩ます。

そのアポは、上京する機会にとようやく取った重要なものだったりするし、個人的な都合で欠席する方が失礼という気もする。とりあえずは、明日あらためて回復具合を病院で検査。その結果を踏まえ、対応を検討するといったところ。


病院で本格治療を受ける病気・怪我は、いつ以来のことやら。肺に穴が開いたまま治らないという元ヘビースモーカーである上司の話を聞いたのは、数か月前のこと。まあ、元来健康な肺だしそんなことにはならないだろうけど、体のどこかに問題が生じるというのは何ともいやなもの。何にしても、健康が第一。それから、初めて何かをしようという気持ちが生まれてくる。これもまたすぐに忘れてしまいそうだけど、安静に過ごす長い一日が、つくづく教えてくれたことで。

仕事への取り組み

仕事とは、「何をやるか」より「誰とやるか」が重要。人の選考基準は、「一緒に働きたい人か」。
生き生きと楽しそうに働いていて、高いプロ意識を持っている。そのうえ、頼んでもいないのに一生懸命教えてくれる世話好きでお節介な一面をもっている。この仲間となら、世の中でつまらないと言われている仕事でも楽しくやっていく自信がある。

働くということは、尊敬できる人、好きな人たちと時間を共有すること。極論すると、つまらない仕事を楽しい人たちとやるか、楽しい仕事をつまらない人たちとやるか、という選択。それなら、迷わず前者を選ぶ。


と、ここで紹介したのはライフネット生命保険㈱代表取締役副社長・岩瀬大輔著「入社一年目の教科書」の一文。内容は、仕事の本質、取り組み方を3度の転職を経て起業に至る経験をもとに記すもので、1976年生まれという同世代の彼の著書は、社会に出てからの自分を振り返り、今ある現状を見つめなおさせ、12年目の自分でも忘れがちな初心を思い出させ、仕事のあり方を気付かせてくれる。

出だしの一文は、ここ最近の悩みを少し解決してくれたから、抜き出したもの。
今の仕事の内容は楽しいし、だからここ1年半精一杯頑張ってきたところだけど、なんかふつふつと湧く無力感。「新しいことにチャレンジする」というより「与えられた仕事を粛々と迅速に行う」ことが求められるとつくづく実感するわが社の社風。今の職場が好きなことにチャレンジできる環境にあることから、様々企画をして楽しんできたが、それが周りに響かずスタンドプレーの域を出ず、全社的に見れば求められる内容とずれがあり評価にさえつながらないなら、そこにかける膨大な時間と労力がなんともばかばかしい。役割を越える仕事で引っ張るつもりが、減った役割に便乗されさらに効率的に仕事をされたのでは、自分の負担が増えただけで何も生み出していない。

時間的な拘束があり仕事量に余裕ができた12月は、そんな気持ちもありすっかりやる気をなくし、粛々迅速をモットーに日々過ごし、そんな気持ちで年明けを迎えたため、もう一つ気分が乗らず新年の決意表明も見送ったところ。そして、ドラッカーのマネジメントの読破と意気込んだ正月休みに本屋に出かけ見つけたのが、入社一年目の教科書という経緯。


はっきりと結果が出て、喜んでくれる人がいて、会社の枠を大きく超えて信頼関係が築けて、深みのある多くの人たちに会えて、全国規模で動けるから、充実感は高いし、だから期待以上のことができないかといろいろ考え、もちろんそこには膨大な細かい仕事やめんどくさい調整もあるけど仕事自体は十分楽しい。それでも釈然としない思い、それが、誰と仕事をするかということ。ぼんやりと認識していたことをはっきりと示され、何か妙な切り替えができた気分。

職場の仲間どうこうという以前に、会社としての社風。どんな仕事にしても、それぞれが持てる力を出し、前向きに皆で取り組んでいるときは、充実感がある。チームとはお互いが助け合うところじゃなく、それぞれが全力で自分の役割を果たし目的に向かい貢献するものという思いがそこにあるから。そういう仲間に囲まれているからこそ、さらに自分も頑張れるというものではないだろうか。


この12年間それなり負荷をかけながら経験を積み、まあこなすだけなら現状維持でもこの先やっていけないことはないなと思うところだけど、この本であらためて初心に返り、周りにとらわれず、(職位という意味ではなく人間として)もっと上を目指し、自分に負荷をかけて能力を高めていこうかなと思ったところで。


そんなやる気を出して今週が始まり、仕事を一気に詰め込み、さらに突然の問題も勃発しながら、以前のように残業の日々に逆戻りしたというわけで。その結果が、来週の突然の東京出張につながっていたりもする。自分でできる限度はしっかりと認識しながら、まあ、前向きに。それができる場所にいるうちは、それを楽しむ。共感できる人たちとのめぐりあわせに期待しながら。

官僚制度への批評(私の履歴書「トニー・ブレア」より)

日経新聞・今月の「私の履歴書」は、トニー・ブレア元英首相。英国で発達した官僚制度の批評は、現在の日本の政治システムへの提言でもあるから、抜粋してみる。特にコメントはしないが、感じるところがあれば。


国家を効率的に機能させる能力は、20世紀半ばに必要とされたものとは違う。それは実行とプロジェクト管理を扱う民間部門のものに似ている。近代政治のペースは速く、メディアも徹底追及するので、政策の意思決定、戦略の策定は圧倒的な速さで進めなければならない。

官僚が作った政策文書を、首相が議長を務める閣議で討議し決めるという従来の方法では、急速に変化する世界、政治環境に対応できない。

官僚制度の問題は、物事を妨害することではなく惰性で続けることだ。官僚は既得権益に屈服し、現状維持か、物事を管理するのに一番安全な方法に逃げ込む傾向があった。

官僚組織はうまく指揮すれば強力な機構になる。官僚たちは知的で勤勉で公共への奉仕に献身している。ただ、大きな課題に対し小さな思考しかできず、組織が跳躍を求められるときに、少しずつしか動かなかった。

ブレア政権は改革の多くを官邸主導で進めるため、政権の中枢部の機能を強化した近代政治においては、何事もトップから動かさなければ大きなことは達成できない。ひとたび枠組みができれば、各省は政府方針を知り何をすべきかがわかる。
首相は大企業の最高経営責任者(CEO)や会長のようになった。政府方針を固め、それに役所が従っているかを見極める裏付けデータを入手し、結果を測定しなければならないのである。
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Author:hiro

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