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「防府市・新庁舎建設シンポジウム」を振り返る

居住地・防府市の新庁舎建設は、まさに、今後の防府市のまちのあり方を決め得るもので、個人的にも、まちづくりに関わる仕事がしたいと今の仕事を選んだところもあり、大いに関心を持っているところ。

昨日、1月28日(土)には、市が主催するシンポジウム「新庁舎建設から防府の未来を考える」が開催され、基調講演やパネルディスカッションが行われるということから、現在の検討状況を把握すべく、足を運ぶ。


現在、検討されているのは2案あり、有識者等の検討委員会が推す「駅北側の中心市街地への移転案」と、市議会議員を中心に勢いを増しつつある「現庁舎敷地での建替え案」。

現庁舎敷地建替え案には、コスト面や(100億円>130億円)や防災拠点(佐波川洪水未浸水エリア)、建替え時期(用地買収不要)に優位性があるとのことで、住民アンケートでも、優位な結果が得られたとのこと。

住民投票のリスクは、言うまでもなく自分自身だけの利益や、周りの声の大きな人に引きずられ、将来を見据えた合理的な判断ができないことにあり、だからこそ、日本は間接民主主義を採用し、知識と情報を持つ、選挙で選ばれた代表者により運営されている。そのため、住民投票やアンケートに判断をゆだねるのは、議員としての責任放棄以外の何物でもないと思うのだけど、住民投票は民意の象徴という昨今の風潮や、それを都合よく利用する人たちがいるから、さらに話はややこしくなる。

居を構える住民にとって、そのまちに求めることは、このまちで暮らし続けていくための最良の判断をしてほしいということだけ。

それが、賛成派、反対派が感情的にぶつかり合い、本来議論すべき、今後、将来にわたってこのまちで暮らす人々にとって、どのようなまちが望ましいか、という建設的な提案の環境にないのであれば、そこに一石を投じる必要がある。そしてそれは、これまでのように、ただ傍観者として日記に書くだけではなく、これまで積み上げてきた知識、経験に基づき、必要な場で、必要な発言をする、社会的責任のある年齢、立場になったという思いも。

将来を含めた、今後のまちづくりを考えたならば、駅を中心にコンパクトに機能を集約する「駅北への庁舎新設」しかなく、この防府市の仕組みを変え得る機会を、得体のしれない何かに変えられてはならないとの使命感も持ちつつ。


大きく方向がずれなければ、清聴しようと思っていたのだけど、質問時間での議事進行を止めるほどの反対派のヤジ、そして、賛成派の気配のなさに、これは住民意見が反対論に終始したという結論になりかねないと、節操のないヤジへの反感もあり、賛成派からの質問もあればというところで挙手。

まずは、賛成派・反対派という政治的な立場から参加したのではなく、一市民としての率直な意見であること、また、前の意見で出た年配者による“若い世代に大きな負担を残すわけにはいかない”という正論もどきの反対論を打ち消すため、「市内に高齢者の両親も持つ、子育て世代」という属性を説明。

続いて、検討委員を含む参加者全員に、検討すべき大きな方向性の共通認識をもたせようと思い、「新庁舎によるまちづくりとは、中心市街地活性化のためだけでもなく、今の市民だけでもなく、これからの市民も含めた、今後、50年、人口減少社会を見据えた上での、このまちで暮らし続けていくための、まち全体のあり方、防府市民の暮らし方を決めるもの」という認識論をぶつ。

これは、市長や講演者、パネリストの説明を含め、市庁舎移転が、中心市街地活性化の切り札というスタンスにあることへの反論。はっきり言えば、中心市街地とは、その時代時代により移り変わってきたもので、今の時代の人にとって便利なところがまちの中心になるだけのこと。ここに税金をつぎ込み、まるで義務のように中心市街地を活性化施策を展開するから、市場経済は歪み、本来の必要な投資が削られ、衰退市場が延命されることになる。ましてや、防府市のように、商業地は郊外や駅南の大型商業施設に移り、駅前商店街が既に機能していないところを活性化するために、100億円超をかけて庁舎を移転するのでは、市民が納得するはずがない。さらに、駅北の開発に焦点を絞ると、それ以外の地域居住者の賛同を得られず、検討委員会をはじめ、この視点のずれが、賛成・反対の感情論になっている要因だと、まずは気付いてほしいとの思いから。

駅北に庁舎移転する理由は、「今後、50年を見据えた社会を展望した時、防府市が人口ビジョン、地方創生総合戦略に示す、人口3割減、116千人→8万人社会で、防府市で暮らし続けるための環境がどうあるべきかを考えた末の結論」に尽きる。

「住民の暮らしに必須の行政機能を維持するためには、駅を中心に機能を集約し、効率的で、強い核を中心に持つまちにすることこそ必要で、それがもたらす波及効果・相乗効果により、経済の好循環ももたらし、結果的に、中心市街地をはじめとしたまちの活性化へとつながる」ものと言える。

「現在の総合戦略で示す課題、交通政策、雇用の創出、流出人口の抑制、さらにまちの活性化は、駅北への庁舎移転で解決できる。今の市役所機能を新庁舎に求めるのではなく、新庁舎での新たな仕組みづくりを考えていくべき。

例えば、交通政策では、市役所で働く500人の職員に対し、原則車通勤を禁止することで、新たなバス路線が生まれるだろうし、そうすれば新市庁舎の駐車場確保の問題が解決するだけでなく、今後、確実に規制が強化されるだろう高齢者の自動車運転禁止に対する解決策にもなりうる。さらに、職員がバスを利用することで、現在の市役所と自宅とのドアツードアの移動から、帰りに商店街で買物をしたり、仕事終わりに一杯飲みに出かけたり、街中にあることでランチに外食する機会も生まれ、まち自体の活性化にもつながる。

雇用の創出については、駅北に核を置くことで、企業の営業所の進出など、新山口駅での再開発に負けないビジネス拠点の創出につながる可能性があり、現在、防府市の産業の中心である自動車関連をはじめとした工業から、新たにサービス産業の雇用機会を生み出す可能性がある。流出人口の中心となる文系の大学生は、現在は防府に帰ってくる機会が限られるが、そうした3次産業の雇用を創出することで、防府市に居住する機会を得、結果的に人口増加につなげることもできる。

検討委員会も含め、もっと大きな視点から、新庁舎移転を検討してほしい。」


等々、こんなことを言ったのけど、まあ、振り返ると反省点ばかり。

まず、もう少し事前に論点を整理していっていれば、もっと分かりやすく説明できただろうし、結果的に、勢いに任せての早口の説明にもならなかっただろう。高齢者の参加が多かったから、ゆっくり話そうと思っていたのだけど、論理的に説明することばかりを意識したのが、まだまだ未熟なところだと反省。

さらに、本来の求められた、パネラーへの質問をなおざりにしたことも。感情論が突出していた現状から、まずは、認識共有を優先しようと、パネリストそっちのけで展開。せっかくなので、「それを踏まえ、次の2点を質問します」と言い損ねた内容を書いてみる。

①庁舎案の見直し
・検討委員会の現在の庁舎案は、民有地を追加取得する1棟の8階建て、または公有地のみの複数棟が挙げられているが、ビジネス拠点を目指す民間活力導入を考えるのならば、できるだけ市庁舎用地の利用を抑え、民間立地を残すべき。その場合、民有地を取得せず、1棟で8階建て以上の建物とする方法があるが、どのような検討を行ったのか。なお、市庁舎において市民の窓口業務は限られるので、高層建物であっても1階部分に十分機能すると考えるがいかがか。

②「防災拠点としての対応」への評価
・検討委員会では、防災拠点として、現庁舎建替えが大きく優位と評価しているが、どのような検討の結果によるものか。佐波川洪水ハザードマップにおいては、現庁舎も0.5m未満の浸水区域であり、かつ、周囲の浸水により、職員が市庁舎に近づけず、機能しない可能性が高い。市庁舎が担う、防災対策本部機能、罹災証明等の災害行政機能、物資供給拠点機能等は、2階以上に設ければよく、優位性を感じない。さらに、地震等の災害に対しては、現庁舎は周囲に警察署や国・県事務所が集積しており、リダンダンシー(多重性)の面で劣る。鳥取県中部地震においては、倉吉市役所が震度6弱の地震により損壊した際、2km離れた県総合事務所に市の災害対策本部を設置したように、災害対策は、一つの建物だけを絶対視せず、地域の各拠点の利用を見据えた柔軟な対策とすべきで、そうした視点の元、防災拠点のあり方を評価すべきではないか。


とまれ、400人を超える参加者皆にどこまで理解してもらえたかどうかは別にして、思いを切々と訴えた大演説の結果、賛否双方から感情的な野次り合いはなくなったのだから、皆が、これからもここで暮らす自分や子供、孫のため、原点に立ち返り、真摯にあり方を考えてみる必要があると思ってもらえたのではないかと、期待しているところで。
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トランプ推考

大統領就任後の発言、行動から推察するに、トランプ氏とは感覚的に物事を判断する人であり、こういう人に対しては、論理的な説明はまず通用しない。例え、説明を受けたその瞬間に納得しても、次の瞬間には、その論理的な説明を忘れ、感覚による判断に立ち戻るから、今後、彼の思考が変わることはないだろう。

彼の権限行使が、強い思いを持つ分野に限られ、その他の分野は周りの信頼する人物に任せるなら、国家運営に大きな影響を与えないだろうが、すべての分野に、彼自身の価値観により、感覚的に判断するなら、まさに、アメリカは終わりの始まりを迎えることになるだろう。

日本に対する自動車貿易の不公平発言はまさにその一例で、(大統領の意向を受け、メキシコ工場移転を中止し、彼の信頼できる仲間に加わった、)日本嫌いのフォード会長に吹き込まれた、世界で大人気のアメリカ車が、日本市場でちっとも売れない現状は、日本政府が、自国車に対し何らかの優遇措置をしているからに違いないという、1980年代の日米貿易摩擦時代から思考が止まったままの思い込みが、彼の感覚的な価値観にはまり、それをただ発言したものと捉えて、まず間違いない。

それに対して、日本で展開された、アメリカからの自動車輸入には関税をかけていないだとか、アメリカで販売する日本車の大半がアメリカ生産だとか、アメリカ人の雇用に何百万人貢献しているだとかの論理的な反論は、彼にとって全く興味がはない話で、そうした対応自体が、誤りだということに気付く必要がある。

彼は、過程ではなく、ただ結果だけを求めているのであって、日本市場で(アメリカ生産の)アメリカ車が売れていない状況を変える答えを示さない限りは、現在の貿易環境を認めることはないだろう。

そこで求められる手法は、公平な競争環境ではなく、不公平なアメリカ優位な制度の構築となる。アメリカ車を日本で生産せずに、輸送コストが無駄にかかっていることや生産コストが高いこと、販売店網が十分ではなく営業力が弱く、アフターサービスも劣ること、燃費が悪く、大型のアメリカ車が日本の道路事情に合わないことという悪条件が変わらない中、アメリカ車の販売増加に応える方法は、日本からの輸出量の一定割合を、日本もアメリカから輸入するという方法しかなく、これからアメリカと二国間貿易協定を進めるならば、様々な分野で、アメリカにとって都合のいい、自由貿易と逆行する、歪な不平等貿易協定を飲まされることになるだろう。

果たして、このような国を信頼し、関係を深めていく必要があるのか。答えは、否。自由貿易を推し進めてきたアメリカの精神が変わったわけでもなく、この4年間のために、大きな枠組みを変えたならば、今後の将来、20年にわたって大きな禍根を残すことになる。

話して無駄な相手であるなら、できるだけ関係を深めないことは、あらゆる場面における人間関係に通じること。

安全保障をはじめ、必要な場面では手を組み、できるなら第3国を通じて、彼にプレッシャーを与え、日本との通商交渉が後回しになるように仕組み、のろりくらりを交渉をかわしながら、4年の任期が過ぎるのを待つ。特別な信頼関係を作る必要もなく、アメリカが衰退することも踏まえた、新たな関係国との信頼構築さえ見据えて動くのが、今後の日本のあるべき外交と言えるだろう。


今後、トランプ・アメリカが、世界を席巻するかと言えば、そうはならないだろう。トランプにも弱点はあり、思考が1980年代で止まっていることで、かつてアメリカで栄えた製造業の復活以外に興味がないことにある。アメリカが世界中の富を独占している、ITや小売、サービス産業への思いがなく、この不均衡を是正することこそ、世界中にとって、今がチャンスと言える。

マクドナルド、スターバックス、アマゾン、マイクロソフト、グーグル、フェイスブック等々、世界中でサービスを提供し、各国民から莫大な収益を吸い上げるこれらの企業が、その国に税金を納めず、低税率の国に利益を移した上、さらにアメリカ本社に利益を移したり、アメリカの株主に利益を還元していることは、すでに多くの国で問題となっていることである。

トランプの求める製造業のアメリカ回帰を認める一方、このようなサービスに対する利益を、利益を受けた国で納税する制度、さらには、アメリカに全てを移転できない仕組みを構築すれば、現在のアメリカのために構築されたグローバリズムは、音を立てて崩壊する。そのリスクを示しても、彼の感覚は、グローバルなサービス業があげる莫大な収益はアメリカの雇用に直結しない、ウォール街の金持ちだけが儲かる仕組み、に留まるだろうから、世界各国は実は失うもの以上に、大きなチャンスが転がっている状況とも言える。

この国益をアメリカに搾取されるグローバリズムが許せず、様々な圧力により、マクドナルドの経営権を自国企業に移させた、ハイリスクな中国のような強硬手段をとらなくても、現在の貿易体制を変え得る機会こそ、今のトランプ体制であり、4年後、再びエリートが支配するアメリカに戻る前に、ゲームのルールをいち早く変えるべきだと提言する。

ただ、これは将来のアメリカとの関係に禍根を残すことになるので、他国、特にその思いが強いEUを前面に立てて、世界新ルールの確立を目指したいものである。

ここでアメリカに譲る製造業回帰が、将来問題になるかと言えば、そんなこともない。かつて、アメリカが自動車産業振興のために行った施策を思い出せばよく、環境規制を緩め、アメリカ市場でアメリカ車優遇施策をとった結果生まれたのは、その後の失われた十年、環境規制に対応できないアメリカ車は世界市場どころから、自国市場でも消費者から見放され、ビッグスリーの破綻へと突き進んでいった。

フォード会長が求める自国自動車産業の振興をはじめ、トランプの進める製造業回帰は、技術革新の停滞という、将来の競争力の放棄を自ら推し進めることで、世界各国の産業は、一時的な業績停滞を余儀なくされても、必ず将来、アメリカ産業のさらなる衰退による、圧倒的なシェア拡大と莫大な収益という恩恵を受けることになるだろう。


結局、トランプ大統領との付き合い方は、彼に理解を求めるのではなく、自国にできるだけ影響の少ない、彼への瞬間的な満足を与えながら、そのバーターとして、いかに将来の仕組みを変え得る、自国に有利な布石を打ち込めるか、これに徹することだろう。論理的な思考に凝り固まったエリート層が判断しない今こそが、そのチャンスであり、それは見せかけの信頼関係の上で、さらに確度を高めることなのかもしれない。

今後、日米首脳会談を控える首相が、彼の土俵に上がらず、どうさばいていくのか。真摯な信頼関係の通用しないアメリカン商人が相手だということだけは、分かっていてほしいものだと思うのだけど。

久々に

国家の利益ではなく、対外的な評価を、施策の評価軸とするから、マスコミや野党の批評は常にぶれるし、建設的な提言につながることがない。

先の大戦に対する過剰な配慮や、国家間の友好維持にとらわれ、国益を損ずる、相手の一方的な主張を丸のみさせられてきたこれまでの関係からの転換。外国に対し、国家の利益を第一に、堂々と主張を通せることこそが、安倍政権の強みであり、この政権が国民に支持される理由だろう。

安倍政権発足以来の、芯の通った、一貫した対応が、中韓の強硬姿勢を転換させ、さらに米国の信頼を取り戻すなど、諸外国と対等な立場での交渉が可能な環境を作り上げた。

身近な人間関係も、国家間の付き合いも、その方法に変わりはなく、信念を持たない、相手に合わせるだけの人間は交渉相手とみなされないし、見下された人間が、相手の信頼を得ることは決してない。信念を持ちながら、相手の意見も尊重し、お互いの利益のために柔軟な決断ができる人間こそ、相手の信頼を得、さらに深い関係を築けるものだから。

未だ、日本に対しては自分勝手な要求が通ると勘違いしている韓国は、人間関係で言えば、学校の教室のような、周りが受け入れてくれる環境でのみ自儘に振舞い、思い通りにならなければ感情的に怒り出す、精神年齢の低い、社会では通用しない存在と言えるだろう。自分より弱いものにのみ大きい態度をとる、気弱な人間への対応方法は、見せかけの強さにおびえるのではなく、化けの皮を剥がすほどの強気で対峙することだとは、成長の過程で、多くの人が経験していることだろう。

国家間で合意に至った慰安婦問題に対する、今回の韓国国内での対応は、国家間の信頼を裏切るものであり、日本の迅速な報復措置は、日本の国民感情を率直に伝える、効果的な方法だったと言える。

ごく当然のことながら、韓国国民皆がそうであるように、日本国民もまた皆が、この度の合意を素直に受け入れているわけではない。それでも、両国の未来に向けて歩みを進めるために、受け入れられる最大限の譲歩で妥結したものである。その国家の代表による合意を、一時の感情、政治的な思惑で反故にするのなら、はや、まともに交渉、協力、共に歩みを進める存在には値せず、それなりの対応をするのは当然のことといえる。

大使の帰国、スワップ交渉の中止は一時的な措置であり、これが安倍政権の交渉の上手さなのだろうが、相手の対応によっては、もっと踏み込んだ措置も、今後検討していく必要があるのだろう。外国公館の安全も確保できない地域に、総領事館を置くことは果たして適切なのか。韓国第二の都市に対する、国家としての関わり方を見直す必要もあるのではないか。国際的な港湾を抱える工業都市、観光地である釜山が抱える対日感情を、これまでどれほど正確に日本のマスコミは伝えてきたのか。一個人、団体の問題ではなく、それを許可した行政・釜山市、それをコントロールしない国家の判断こそ、最も非難されるべきことだろう。

2013年に開始し、4年目を迎えようとしている日本と韓国での貨物トレーラーの相互乗り入れは、釜山港と下関港を結ぶ航路を利用した場合、貨物を積み替えることなく両国を貨物トレーラーが走れるというもので、両国合意により、日本が規制緩和したもの。これは、当時、韓国から安価な自動車部品を低コストで輸入したい日産自動車の意向が強く反映されたものだけど、自動車産業全体にとっては、電気料金への国家補助や為替介入によるウォン安誘導など、不当な競争環境にある韓国製品の安易な輸入に拍車をかけ、国内下請企業が更なる値下げを強要された不当な措置でもあった。釜山を背景とする韓国の自動車部品産業を潤すこの規制緩和を、来年度も安易に継続する必要があるのか。円安による国内生産へのシフト、日産自動車九州の生産回復など、緩和取りやめの両国経済への影響がそれほど大きくない今こそ、日本の意向を正しく伝えるメッセージとして使うことも検討していいだろう。

いずれにしても、米国の新大統領誕生、中国経済の停滞、ロシアの復権、EUの不安定化と世界が激動するこの時期に、いつものように、国民感情の赴くままに大統領不在の状況を作り出したことは、今後10年を振り返った時に、彼の国は、国家的失態として思い返すことになるのだろう。まあ、それが韓国という国家なのだろうけど。
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Author:hiro

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