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夕陽の美しい町

日経新聞に連載された、サントリー創業者・鳥井信治郎を題材とした「琥珀の夢」を読んだのが、久しぶりの伊集院静の小説。彼の本を読んだのは、いねむり先生、大人の流儀の二冊で、積極的に選択することはないのだけど、同郷の防府市出身だったり、25年前の直木賞受賞時に、地元の本屋に来店しサイン会が行われた印象等から、遠い親戚のようななんとなくの親近感を勝手に持っていたりする。

小規模本屋が多い山口・防府市界隈では、売れ筋の単行本やロングセラーの文庫本ばかりが並び、店内を散策しながら、積まれた本の中からおもしろい本を見つけ出すという楽しみ方が難しく、店舗に置かれる、お気に入りの著者の新作ばかりを確認する作業になりがちなのだけど、今回は、その書評にひかれて、久しぶりに伊集院静の本を手に取ったことから、ここで紹介。

「若い時に旅に出なさい、と先輩たちがすすめるのは、人が人に何かを教えたり、伝えたりすることには限界があり、夜のつかの間、後輩たちに語って聞かせる人生訓がいかに周到に準備されたものであれ、そこにはおのずと言葉によって伝達する壁がある。“百聞は一見にしかず"とはよく言ったもので、百回、エジプトのギザのピラミッドの大きさを聞くより、一回、本物を目にすればすべてがわかるのである」

『悩むなら、旅に出よ。 ~旅だから出逢えた言葉Ⅱ~』という本で、旅の捉え方に共感すること、そして、旅で出会った言葉とそのエピソードがなかなか心に響き、いつものぶっきらぼうな生き方の描写とあいまり、いい味わいを見せていることから、これはじっくりと、コーヒーでも飲みながらその情景を想像しつつ、描かれた世界に浸りたいなと思い、購入。

なにより、購入の決め手になったのは、この言葉を手元に置いておきたかったから。

同郷の歌手・山崎まさよしとの対談で、「お二人の故郷はどんな所でしょうか」と編集者に訊かれたくだり。

山崎さんは少し考えてから言った。
「夕陽の綺麗な町です」
私は、思わず息を飲んだ。どうしてあんなに何度も見ていた夕陽に気付かなかったのだと思った。たしかに夕陽が美しい町だ。

自分の町を表す言葉。防府市は歴史の深い町で、様々な文化的な遺産や、歴史のエピソードがあるのだけど、そういう表層的なことではなく、人間が作り、積み上げたものを排除し、人が生きる生活の場としての日常的な視点から、土地そのものの魅力を捉える感性に対する凄み。そして、突き刺さる言葉。

確かに、夕陽が美しい。西の山に沈む、赤く大きな夕陽に心をとらわれることが年に何度とある。こうして言われてみると、どうして今までそんなことがすんなりと言葉に出てこなかったのだろうと思えてくる。

夕陽の相対的な評価は難しく、その背景に海や古の構造物があるなど、他にはない特別な何かがある場合を除けば、同じタイミングで、他の地域でどのように夕陽が見えているかを測らない限り、他地域への優位性を語れないことも確か。

ただ、夕陽の美しさは何かと比較しなくても、人が心で感じることができるもの。まぶしかった太陽が赤みを帯び始め、一日の終わりを告げる頃、どこからともなく、現地の人も旅行者も目の前のことの手を止め、自然と海辺に集まり、海へと沈みゆく大きな夕陽を静かに見守る。二十歳の頃に、マレーシアのランカウイ島で目の当たりにしたあの景色こそが、万国共通で人を引き付ける夕陽の持つ魅力に気付かされた原風景。

その魅力に地域の人たちが気付くことで、また違ったこの土地の魅力を発信できるのではないかと、多分それは特別な何かではなく、この土地で過ごす際の一つのプレゼントのような感覚で。それをどのように、どのような形で見せるのが、人の心に響くのか。それを感じることができる人たちが集まれば、何かおもしろいことができるのではと思いつつ。

それを気付かせ、考えさせられた、今後に活かせそうな何か大事な言葉だと思うから、この本を手元に置くことにしたというわけで。


表紙の写真がよく、これだけでも本棚に飾りたくなる。自分の本づくりでは、こういう表紙のイメージを求めて試行錯誤したなと懐かしく思い出しながら
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秋冬の装い

 「コートやダウンジャケットを羽織るにはまだ早い、肌寒さを感じ始める10月~12月をカバーするアイテム」を今年のテーマに、広島や博多に行く機会があるとお店をふらふら。

そして、まだまだ暑さの残る8月末に、早くも、ロッキーマウンテンのダウンベストに一目ぼれし、さっそく入手。

ダウンベストは体のカバー範囲が限られるだけに、ダウンの質が良くなければ十分な防寒・保温能力が得られないことは、以前に購入したファストファッションブランドの安価なベストで経験済み。その失敗も活かし、積み上げた歴史で高い信頼性を誇るロッキーマウンテンを選んだもの。

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・フェザーベッド(羽毛布団)のような機能を目指し、ヨーロッパ産ダウンをダウン90%、フェザー10%の割合で配合
・カウボーイ向けの防寒ウェアブランドとしてスタートした名残の1枚立ちの革ヨークが特徴
・レザー、ナイロンともに深みのあるネイビーカラー
・襟周りにムートンを使用するタイプは、肌触りがよく、首回りも暖かくて魅力的だったけど、かっちりし過ぎて使い回しが限られること、真冬にダウンベスト単体を選ぶ可能性は低く、そこまでの防寒を求めていないことから、選択せず



秋も中頃までは、ネルシャツとダウンベストを組み合わせていたのだけど、10度前後の気温となると、ダウンベストの下に何かもう一点、保温性のあるアイテムがほしくなる。この冬のテーマには、暗くなりがちな冬の装いの差し色になる「明るめのニット」を考えていたこともあり、ふとした出会いがその後押しをする。

たまの家事・育児の息抜きのリクエストに応える際には、子供の面倒を見やすいショッピングセンターに出かけることが多いのだけど、10月末には8年振り、それこそ広島市居住時代以来となるイオンモール広島府中を訪問。

かつてダイヤモンドシティと呼称されていた頃よりもさらに規模が拡大され、ダイソー、無印良品、ユニクロ、スポーツオーソリティ、フタバ書店等々の大規模店舗に加え、ZARAなどの海外ファストファッションブランドや、コジマ×ビッグカメラの大手家電量販店が店舗を構える構成に。そして、積極的にここを選びたくなる理由の一つが、トイザらスが入っていることで、ここに子供たちを連れていけば、遠くから見守るだけで手をかけずに1時間でも2時間でも時間を過ごすことができ、かつ、この時期ならばクリスマスプレゼントの感触もつかめるという、男親にとってはこれほどありがたい環境はないということで。

ついでにいうと、1階フードコートの充実ぶりは感嘆に値。どこのショッピングセンターも、フードコートには丸亀製麺、リンガーハット、ペッパーランチ、マクドナルドの大型チェーン店が並ぶのが定番で、期待することはないのだけど、ここの店舗構成に初めて見、都会のショッピングセンターの成長ぶりを感じさせられる。

3階のトイザらス等が入る子供向けショッピングエリアには、マクドナルドをはじめ定番の店舗が並ぶフードコートがあるのだけど、1階部分は職を楽しむ大人向けの構成。広島定番のお好み焼きは「ちんちくりん」、牛たんの「利久」、本格パスタ&ピッツァの「サルバトーレ・クオモ」、ラーメンの「尾道 鶏そば」、海鮮丼の「HIRO88」等々、ワンランク上のチェーン店や地元店が入り、ワクワクしながらランチ選びを楽しめる。

ただ、ファッションに関しては、ファミリー向けや若者向けに偏ることからショッピングセンター店舗に期待することはないのだけど、子供の世話係を交代した自由時間に、ふらりと入ったお店でピリリといい味出している服を見かけたから、店舗内を散策。

NICOLEが運営する「Grand PARK」というセレクトショップで、店舗入り口に並ぶニットを見ている際に、「本物のロッキーマウンテンを着ている人を見たのは、あなたが2人目」と声をかけられ、一目見てこのブランドに気付く人が扱う商品に興味がわき、話を聞くことに。

ファッションでもなんでも、本物志向の人とは話が合い、そういうこだわりは聞いていても楽しいものだけど、ショッピングセンターの店舗にそういう店が、スタッフがいることに軽く驚き。いろいろなやり取りを経てたどり着いたのが、ガンジーウーレンズ(Guernsey WOOLLENS)の白色ニット。イギリス・ガンジー等のフィッシャーマンズセーターをルーツに持ち、重厚感のあるウール糸ながら、シンプル・スタイリッシュに仕上り、そして、英国漁師の極寒の過酷な環境を乗り切るために生み出された、高い保温性を保証する目の詰まった編み込みが、ダウンジャケットとの相性、ダウンジャケットと合わせた暖かな着こなしを実現、これぞの一品と即決する。

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・ガンジーセーターとは、イギリスとフランスの間、イギリス海峡に浮かぶガンジー等に住む漁師の防寒着として誕生。油分を多く残したウール糸によりをかけ、丹念に編み込んだ目の詰まったニットで、保温性、撥水性の高さに特徴
・編み込み装飾で全体が覆われておらず、ポイントで装飾が入る程度のシンプルさがお気に入り
・前後対象のデザインは、夜の海上でも着脱しやすいことが起源。漁師は汚れたら前後を入れ替えて着ているそう
・汚れたらなんて考えていると服を楽しめないからと白色に。ネイビーカラーのダウンベストとの愛称は抜群で、すっかり週末はこのコンビで過ごすことに



久しぶりに新たな系統のアイテムが加わったことで、これまで着やすさや品のある大人な雰囲気を好みチノパンに偏りがちだったのだけど、ジーンズが再びローテーションの中心に座ることに。

例えば、学生時代に、かつての防府のセレクトショップ「キャッスル」で購入した英国ブランド・コーギー(Corgi)のニットセーターが、20年を経た今でも軽さ、暖かさ、デザイン共に見劣りせず、未だ冬のアイテムの一つとしているように、いいもの、本物の品質、デザインをもつものは、軽く10年スパンでも変わらずに着続けることができる。

数年前は、H&MやZARAなどのファストファッションで、気の向くままに目につくものを価格を気にせず購入する気持ちよさに浸ったこともあるけど、それらが1シーズン経た後に、どのような存在になったかを考えると、そのためにかける時間も、お金も無駄なことに気付き、そういう店では価格に惑わされずなおさら慎重に選び、できれば長く着られる本物志向の一品を見つけることに再びシフトするようになっている。

理想としては、各シーズンごとに、アウター、トップス、パンツ、シューズとパーツごとにお気に入りの一品を揃えること。予算面からも一度に揃えることは不可能だから、5年、10年スパンで足りないところを少しずつ埋めていく、だからこそ、長期間着られるものを選ばないと、無駄な出費が増え、必要なものを揃えられないという危機感がある。

もちろん、年齢を重ねれば求める嗜好も変わってきて、特に最近は、(大人の落ち着きを合わせ持つ)できるだけ明るい色を取り入れるようにしているから、それを満たすメインのパーツを優先し、いつまでも先送りしている重要性の低いパーツもあるのだけど、そうした構成が頭の中に入っていると、その場の勢いや店員のセールスで無駄なものを購入することがなくなり、完成形に近づく楽しみも味わえるから、限られた予算の中でファッションを楽しむ一つの方法ではと思っているところ。

かつてはホームページの一コンテンツを担ったファッションページも、ダウンサイジングにより、姿を消してから久しい。ファッションは少々お金がかかるから、いろいろと出費が増える中で段々と優先順位が低くなり、慎重にはなるのだけど、本や映画などと同様に、感性に刺激を与えてくれ、さらに表層化するだけにその満足度は高いものだから、いつまでも楽しんでいきたいと思っているところで。

自動車保険の見直し

圧倒的な保険料の安さに、それまでの個人保険代理店との契約を見直し、インターネット販売の三井ダイレクト損害保険に切り替えてから15年以上。車両保険を含めて3万円台前半に収まる価格は、他のネット販売損保では太刀打ちできず、ここ数年は保険会社を比較することもなく、契約更新を続けてきたところ。

販売代理店利用とネット販売の差は、やはりサービス。その価格差が人件費にあるように、販売代理店は一定水準以上の営業マンが事故時にも経験を踏まえた的確かつ柔軟な対応をしてくれるが、ネット販売は、所詮は遠方のコールセンターのオペレーターによる、マニュアルに沿った事務的な対応が行われることになるから、利用者本人に一定の対応力を求められる。

ネット損保の多くが、事故時の高い顧客満足度を掲げるのだけど、確かに、保険会社を利用する事故に限れば、きめ細やかな対応は難しいとしても、その対応に大きな不満はないだろう。ただ、保険会社を利用しない事故、例えば、どうみても相手が事故の原因で、過失割合を10対0にしたい場合、弁護士資格を持たない保険会社は交渉に入れないと、個人で交渉するよう求められる。

20年の運転歴の中で、交通事故は過去に2度あり、一度目は渋滞時停車中の後方車不注意による追突、二度目は2車線道路の左車線から右方のコンビニに入ろうとした前方車の突然の右折による進路妨害。

事故状況とこちらの希望を伝え、後の交渉は保険会社同士でと思っていたところから、電話口で冷たく突き放される状況はなかなか辛いものがあるが、所詮は一定の過失割合も保険金で負担されるのだけど、こちらが悪くないのに過失を認めなければいけない理不尽を受け入れ難いのであれば、直接交渉、結果の報告を行うことになる。

もちろん、そんな事務的な対応を求めるのは、顔も知らないネット保険会社のコールセンターのオペレーターだけで、その際の交渉相手は、事故を起こした本人ではなく、相手保険会社の販売代理店の担当者となり、助言もないまま一人で専門家との交渉を展開することとなる。

そのような、保険金支払いの対象とならない事故に対する保険会社の対応を評価する機会はなく、事故対応に対する高い顧客満足度が広告で喧伝されるたびに、誤った情報を消費者に提供していると不満を覚えるわけである。

ネット保険会社には、保険代理店の担当者のような、事故全般に関するきめ細やか、かつ、柔軟な対応は期待できず、保険金支払い以外は基本的に自分で対応すると認識しているのであれば、その価格面から、これほど魅力的な選択肢はなく、だからこそ、安易な顧客満足度という言葉に踊らされず、シンプルに価格のみを判断材料にすべきだと考えている。(保険会社により保険金支払いをできるだけ避けるため、保険金適用基準を独自運用(保険金不払い)するところがあるから、一定の情報収集が必要なことは、ネット・リアルにかかわらず共通だろうけど)


今回保険会社を見直したのは、年間3万円程度の予算としている保険料が大きく値上がりしたから。その原因は、車両保険利用に伴う、等級の引き下げ。

以前も、飛び石によるフロントガラスのひび割れに伴いフロントガラスを交換しているのだけど、今年の7月に同様の飛び石被害が発生。前回同様、車両保険による修理を依頼したところ、数年前から、飛び石被害に関する修理への車両保険利用が、等級引き下げ要因に運用変更されたとの説明を受ける。

フロントガラス交換費用10万円に対し、車両保険利用の場合、自己負担は免責金額5万円となるが、等級引き下げに伴い、次回保険料が3万円以上値上がりするから、今回は車両保険を利用しない方がいいのではないかという示唆。飛び石という避けようのない被害を受けながら、事故等級を引き下げる理不尽は受け入れ難く(この扱いは全保険会社同様だけど)、そのような脅迫じみた話に屈し、保険会社が保険金支払いを免れるのもおかしな話。例え結果的に、次回の保険料が修理代以上にかかろうとも、保険は適切に利用すると、保険金を申請したもの。

結果、今回の自動車保険更新の案内には、同等保険内容で保険料7万4千円と、見事4万円が上乗せされた提案を受ける。

実質的に、最も利用可能性の高い飛び石被害に車両保険が利用できず、免責金額5万円+等級引き下げ約5万円の、計10万円以上の修理が対象となる自損事故など、発生可能性が想像できないため、車両保険加入を取りやめ。

余談ではあるが、大型スーパー駐車場の柱との接触など、保険を利用せずに自損事故を修理した経験者は知っていると思うけど、ガソリンスタンドが代理店になっているカーコンビニ倶楽部などは、かなり柔軟に予算に応じた修理対応をしてくれ、交渉次第で大きな値引も可能だから、少なくとも自動車ディーラーの半額以下で修理可能との感覚。その経験から、10万円を超える修理は、ワンボックスカーのスライドドア1枚全替えぐらいの大きな損傷が前提となる認識。

車両保険をやめれば保険料は軽く3万円は下がり、さらに、保険料予算の3万円程度を見据え、ソニー損保やおとなの自動車保険等、最近広告を目にする保険会社で試算し、希望を満たす保険会社を見つける。(ネットの一斉見積りは過去に利用し、とめどないセールスメールが着続けるという被害を受けたから、二度と利用しない方針)

そして、三井ダイレクト損保よりも1万円安い、3万1千円の提示を受けたSBI損保と、新たな契約を結ぶに至る。その対応は、実際に事故が起きないと分からないのだけど、大きな期待をしなければ、問題ないだろうと思うところ。住宅ローンでも感じた、SBI関連会社の価格競争力に感心しながら、大規模広告による印象操作や、評価の不確かな顧客満足度やサービス力という定性的な基準ではなく、価格面で分かりやすく差別化する戦略に好感を持ったところ。

【保険内容】
・保険内容は同等内容を継続
・不安心理につけ込む、同等保険料を維持するための保険会社からの更新時提案は拒否する方針
区分補償内容
対人賠償保険金額無制限
対物賠償保険金額無制限
対物自己負担額なし
人身障害補償保険金額1億円
搭乗者傷害保険金額1千万円
無保険車傷害保険金額2億円
自損事故保険金額1.5千万円
○その他、家族運転者(26歳以上)限定等の特約あり



失われつつあるもの

平凡な日常の刺激や不満のはけ口として、それが社会正義だと自分勝手に解釈したなら、社会の成功者にカテゴライズされた人であれば誰でも、ほんのわずかなシミ程度の汚点を見つけては、その地位を失い、自己満足を得るまで、執拗に責め続ける。

嫉妬という、かつて、日本で最も恥ずべきとされていた感情に基づく発言や行動が、匿名という環境で当たり前のように日常にあふれる。そしていつの間にか、週刊誌という、かつては全く信頼されず、その内容に触れることさえ嫌悪の対象にされていた情報が、さらに下層の、人の感情がむき出しになったネットというメディアがあらわれたことで、その取り扱いの内容やレベルが変わらない中で、市民権を得るに至る。

本来、日本社会が持っていたはずの芯が、そうした感情にまみれたメディアに侵され、社会システムの中心にいる人たちが強い信念でその圧力をはね返せないものだから、勝手に世間の声と置き換えられた汚れた圧力に負け、その一時の感情を解消するためだけの安易な判断を下すことになる。

昨今の多くの問題はここに帰結するのだけど、特にここ数日の相撲協会の対応は、またそうした象徴的な出来事の一つだろう。

相撲とは横綱こそがその象徴で、そうした象徴への敬意や権威は周りの人間が作り上げるもので、その役割は相撲協会が担う。例え、横綱が相撲協会の支配下にあったとしても、それは外部に対して感じさせてはならず、ましてや素人集団の横綱審議委員会がコントロールするなど、相撲の価値を自ら落とすようなもの。

例えば白鵬の土俵に戻らない抗議行動など、本来、横綱にあのような態度を取らせてしまったことを行司、審判が猛省し、横綱をたてながら相撲協会がファンに対して謝罪すべきことだろう。横綱の権威を汚し、相撲協会の正当性を貫くことで得られることなど、協会理事や関係者の保身でしかない。相撲取り、競技者が第一でないことは本来は批判の的になるのだけど、残念ながら、この国の人たちは外国人に対して感情的な排除の論理をもつものだから、自らの立場や組織を守るためなら、その場しのぎの批判から逃れる手段に、安易に弱者の外国人を切り捨てる、それが例え最高峰の横綱であったとしても。

貴ノ岩の問題は言うまでもない。相撲協会内部の醜い権力闘争に横綱を利用するなど、協会の存在価値そのものを疑いたくなる。策士が策に溺れた姿ほど、はたから見て醜いものはなく、協会理事でありながら、相撲の現体制を守らず、自らの権力拡大を図る人物を現役力士、ファンの誰が信頼するのか。痛みに耐え、日本人横綱として奮闘したあの姿から感情的に依怙贔屓していた人たちも、横綱の進退まで天秤にかけ、相撲の存在自体を貶める今回の騒動で、さすがに愛想がつきたことだろう。弟子を守るという理屈もいいが、自らが若いころにしてきたことも踏まえ、とるべき行動を考えてほしいものだと思えてくる。

組織が旧態依然でいることはよくないが、外部の圧力を利用して仕組みを壊すことで得られるものは限られ、ましてや伝統競技であるなら、負の面しかない。その価値は、何十年、何百年と積み上げてきた歴史にあり、それを外部の人間に破壊させたなら、その根底を取り戻すことができなくなるから。安易に世間と言われる声に屈せず、何を守るべきかを信念をもって貫き通し、それをするべき責任者が命がけで取り組むのであれば、所詮は一過性で過ぎる批判などに負けるはずはないと思うのだけど。そうした人間が、相撲に限らず、政治や社会そのものから失われていっていることこそが、今の日本の問題かもしれないとも思いつつ。
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Author:hiro

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